1話 塾の先生

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パチンっとコンパクトを閉じる音がして、女の子たちは出て行った。メイクを直しに来ただけだったんだ。 ふらふらと個室から出て、鏡を見るとファンデーションが流れた醜い顔があった。こんな顔、倉田先生にさらしていたんだ。汗拭きシートも見られたし。 よく見ると、後ろで一本で結んだ髪もボサボサで、生活に疲れた感じがありありと出ている。 最後に髪を切ったのいつだろう……。 指で軽く髪を梳かし、髪を結び直した。今さらだけど、メイクも直した。これで少しはマシになったと思ったけど、どこからどう見てもくたびれたおばさん。 おっさんって呼ばれたり、汗拭きシートってあだ名まで付けられた。 第三者の言葉でこんなに傷つくとは思わなかった。 悲しくて、悔しくて、惨めな気持ちでいっぱいになる。 気持ちをぶつけるように、洗面台を拳で叩いた。 痛い……。 思ったよりも硬かった。でも、手の痛みよりも心が痛い。 仕方ないじゃない。子ども二人育てて、夫の面倒を見ていたら余裕なんかなくなるのよ。おばさんになっていくんだから。 うっ、悔しい。 こんな事で泣くもんかって思うのに、じわりと目の奥が熱くなる。 こんな事してる場合じゃないのに。 早く帰って夕飯作らなきゃ。健人も誠もお腹をすかせている。スーパーに寄って、夕飯の材料買わなきゃ……。
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