優しさの理由

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 どれだけ優しい人間でも、内には邪悪を秘めている。  それが如実にわかるのは、やはり『家』なのではないだろうか。  きっと若槻は自分の家にとんでもない爆弾を抱えている。それを今日暴いてやる。 「でけぇ……」  そう思っていたが、彼女の家に来た瞬間にそれが吹っ飛びそうになった。  車四台は入るのではないかと思われる大きな車庫。門戸に入り、階段を上がることで浮き上がる広大な芝生の庭。そして、普通の一軒家二戸分と思えるほどの大きな建物。  一眼見ただけで彼女の家庭が『富豪一家』であることが分かった。  若槻はお嬢様だったわけか。もしかして、それが彼女が優しい天才である所以なのだろうか。いやいや、そんなはずはない。きっと何か隠している。  若槻は玄関の扉を開け、私を家へと招き入れる。扉は両開きとなっていたが、若槻が開けたのは片方だけだった。豪勢ではあるが、利便性には欠けているらしい。私は「お邪魔します」と小さく言いながらゆっくりと中へ入った。家に入るのに気が引けたことから自分は庶民なんだと思わされた。 「神奈様、お帰りな……あら、お客さんですか?」  玄関に入るとエプロンを着た女性が出迎えてくれた。  母親にしては若すぎる。見る限り30代くらいであろう。それに若槻のことを『神奈様』と言うのも変だ。 「霧島さん、ただいま。うん。学校のお友達」 「雪鷺 広香です。よろしくお願いします」 「雪鷺様。とても可愛らしい子ですね。初めまして。若槻家で家政婦をしております霧島 柚月(きりしま ゆづき)と申します」  家政婦と言う言葉を聞いて、私の疑問は解消された。  こんなに広くて豪勢な家なのだ。家政婦が一人や二人いてもおかしくはない。  それにしても、雪鷺様か。聞き慣れないというか、烏滸がましい感じがする。様をつけてもらえるほどの身分でも人柄でもない。 「困ったことがありましたら、私にお申しください。ケーキはお好きですか?」 「は、はい。大好きです」 「では、後ほど紅茶と一緒にケーキをお持ちいたしますね」 「ありがとうございます」 「じゃあ、広香。私の部屋に行こ! 霧島さん、よろしくね」 「はい」  霧島さんは若槻にお辞儀をすると奥の方へと歩いていった。そのタイミングで私は靴を脱ぎ家へと入る。いつもなら靴はそのまま脱ぎ捨てるのだが、流石にこの家に脱ぎ捨てられた靴は似合わない。それ以前に礼儀正しくない。私は後ろを振り向き、脱いだ靴をくるりと半回転させた。 「広香は几帳面だね」 「え……ま、まあね……」  若槻からの賞賛に口ごもる。今は几帳面を演じているから間違ってはいないはずだ。  靴を整えたところで、私たちは奥へと進んでいった。若槻の部屋は2階にあるらしい。2階は1階のリビングにある階段を使って上っていくようだ。  リビングに入ると大きなU字型のソファーがあり、座った先には100インチのテレビが取り付けられている。初めて見る画面のサイズに気分が高まった。リビングの横にはベランダがあり、足湯ができる空間がある。家に足湯があるのを羨ましく思った。    初めて見るものが多く、顔をあちこちに向けながら若槻の案内に従う。当初の予定は頭の脇に追いやられてしまっていた。  色々なものを眺めながら階段を上がろうとする。そこで私は思わず足を止めた。  階段を上がる寸前、奥にある和室が視界に入った。  和室は真ん中に木材のテーブルがあり、それを囲むように座椅子が置かれている。一見しただけではただの部屋。だが、私の目に止まったのは部屋の奥にある仏壇だった。  仏壇には二枚の写真が置かれている。  若い女性の遺影とその女性が子供を抱えて笑っている写真だ。   「どうしたの?」  不意に若槻に声をかけられる。見ると彼女はすでに2階へと足を運んでいた。思っていたよりも長い時間止まっていたみたいだ。私は「なんでもない」と言いながら、階段を勢いよく上っていった。もしかすると少しばかり行儀が悪かったかもしれない。  若槻の元へ行くと、彼女は特に何を言うわけでもなく「こっちだよ」と私を案内した。こう言う時に何も聞いてこないのは嬉しい。他の奴らだと「なんかあるなら言えよ」とすぐに言ってくるが、若槻は違った。  2階には部屋が数多くある。これらは一体何用の部屋なのだろうかと疑問に思うが、そんなことを聞くのは野暮だろう。真ん中くらいに来たところで若槻はとある一室の前で足を止めた。 「ここが私の部屋。先に中に入っててもらっていい。私はちょっとトイレに行ってくるね」  彼女はそう言うと、さらに奥の方へと足を進めた。足取りは先ほどよりもやや早くなっている。私を案内するために我慢していた様子だ。  それよりも、これは絶好のチャンスなのではないだろうか。  私はドアノブに手をかけると部屋の中へと入っていった。  彼女の部屋はとても綺麗に整理されていた。天才の部屋は散らかっていると聞いてはいるが、彼女は真逆だ。何一つ無駄のない空間配置。机にある教科書は教科ごとに綺麗に並べられ、他の小道具などは一切見られない。おそらく引き出しに整理されているのだろう。  ベッドには二つのぬいぐるみがあり、それらが枕を囲んでいた。  秘密のものを隠すといえば、おそらくクローゼットだろう。そう思い、私は部屋の引き戸へと手をかけた。  彼女の秘密が書かれたものが欲しいと願いながら戸を開ける。  刹那、私の目の前に現れたのはガラクタの山だった。それらは私が戸を勢いよく開いたことでバランスを崩したのか私の方へと倒れてくる。連なった大きさは私の身長を軽々と超えており、それらが私に覆い被さるように倒れてくる。  慌てて戸を閉めようとしたが、間に合わず、私はガラクタの山に埋もれながら背中から崩れ落ちていった。大きな音が部屋中に響き渡る。埋もれながらも私は冷や汗を掻いた。見つかる前に早く片付けなければ、体に乗ったものを跳ね除けながら状態を起こしていく。 「広香っ! 大きい音がしたけど、どうし……」  すると若槻が勢いよく部屋の戸を開けた。慌てたような声を出すものの私の状態を見て目を丸くした。私は半分だけ起き上がった状態で若槻を見る。どう反応すればいいかわからず、照れを隠すように笑うことしかできなかった。
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