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14 交換
人々が寝静まった夜、瑞穂は社殿櫓から月読を行っていた。
月読は、潮の満干から漁業に、動きから稲作などの農業に、広く使われる。
クロモジの葉を広げ、短刀の先で月の動きを刻んで行く。社殿から出ない事を稚羽矢と約束し、夜半過ぎまで一心に月や星の動きを読んだ。
不意に風に乗ってふぅわりと不思議な香りが鼻をくすぐった。爽やかで甘く、心地よい芳香だった。
嗅いだことのない香りに辺りを見回すと、社殿の裏側から張り出した、大杉の太い枝に須佐が立って、こちらを見つめていた。
一間程の距離があり、届きそうで届かない。
大声を出そうと身構える瑞穂に、須佐が素早く行言った。
「巫女姫、明朝、天原が満穂に攻め入る」
「それは、まことですか」
「美馬都から攻め入るようだ」
「なぜ……あなたがそれを私に?」
真っ直ぐに自分を見つめる瑞穂に、須佐は薄く微笑んだ。
「そなたの神楽と言祝ぎが美しかったのでな。私はそなたに生きて欲しい」
すぐに真顔になった須佐は、懐から小さな包みを瑞穂に放る。
絹に包まれた仿製鏡だった。
「なんて美しい鏡……」
瑞穂の言葉に、須佐は悲しげな面持ちで告げる。
「人は皆、天原王に追放された私を厭うておる。そなたもそうであろう。国を追われた皇子と一緒に逃げよと言っても、無駄なことは承知。だから、せめてもその鏡がそなたを護るよう、願いを込めた」
「満穂の者に見られれば、あなたも囚われる危険があるのに報せに来てくれたのね、須佐」
「私は必ず天原王を討つ。そなたも、死ぬな」
そう言って須佐は、身を翻そうとした。
「待って!須佐!」
瑞穂は結っていた髪から櫛を抜き取り、力いっぱい須佐に向かって放り投げた。
それは渡来集落から献上された、漆塗が施された柘植櫛だった。
須佐は長い腕を伸ばし、自分に向かってくる櫛を片手で掴んだ。
驚いた顔で、瑞穂を見つめる。
「危険を顧みず教えに来てくれた事に、感謝します。須佐、あなたも死なないで」
瑞穂の言葉に笑みを浮かべ、櫛を大事そうに懐にしまうと、軽やかに枝を渡り闇の山に消えて行った。
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