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16 祈り
人々の叫びや怒号が響き、催事場の掻楯まで猛火が迫る。じりじりとした熱気と立ち込める煙が、神に祈りを捧げている瑞穂を襲う。
「天におわします神々よ。満穂を護り給え、業火は賤しき心持つ者の許へ返らせ給え」
「日雨土風の神々よ、今まで満穂を護り給うた事を感謝いたします。正しき心を持つ満穂の民を、今一度、お救いくださいませ」
「満穂の穢れを祓い給え、清め給え、永久に寿ぎ給え」
戦火の中、巫女姫である瑞穂の祈りは続く。
「姫、そろそろお逃げくださいませ!!」
稚羽矢が口元を抑えながら叫ぶが、一心に祈りを捧げている瑞穂には届かない。
そこに催事場の掻盾の一部が焼き崩れ、炎と共に天原王が攻めこんできた。
「満穂の姫、ようやっとあいまみえた。この時、待ちかねたぞ」
刀剣を手に、瑞穂に近づこうとする天原王。瑞穂の側で控えていた稚羽矢が、短刀を振り上げて王に飛びかかる。
天原王はすぐさま手で払い除け、刀を一振り、二振り。稚羽矢は太刀筋を避けてはいるが、天原王とは圧倒的な力の差があった。
「姫様、お逃げくださいませ!!!」
一際声を張上げた稚羽矢は天原王に向き直り、素早く動いて、天原王の脇腹に短刀を刺した。
「小童がぁぁぁ!!! この、おおけなしっ!」
刺された短刀を物ともせず、天原王は向かって来た稚羽矢の背に、刀を突き刺す。
どさり、と稚羽矢が地に倒れ伏した。辺りに、血の匂いが満ちる。
祈りを中断した瑞穂は、稚羽矢に駆け寄った。
「稚羽矢っ」
血だらけの稚羽矢を抱きかかえる。
「なりせませぬ、穢れが。姫様どうぞ、お逃げください。一刻もすれば……」
そう言って稚羽矢が目を閉じるのと、天原王が瑞穂に手をかけるのは同時だった。その手を瑞穂が打ち払う。
「穢らわしい! 数え切れぬ程の人を殺し、自分の皇子さえ追放するとは。欲にまみれた業深き者。そなたは人に非ず!」
「人で非ずとも良い。余は満穂とそなたを手に入れ、この国を大きく強大にするのだ。なんと言おうと、この業火で満穂はもう、終い。満穂王とて、そろそろ討ち取られておろう」
「悪しき心持つ者 業火の炎に焼かれ給う」
瑞穂の言葉を聞くや否や、天原王は瑞穂に剣を向ける。
「寿ぐどころか、呪詛とはな。満穂の巫女姫の言祝ぎは、効力が強いと言うからの。呪詛も強かろう。そなたを殺して、儂への呪詛を取り消すしかないようじゃ」
そう言うと、片手で瑞穂の細首を締め、もう片方の手で刀剣を瑞穂の胸に突き刺す。
その瞬間。
「天原ぁぁぁ!!!!」
鋭い叫びと共に、天原王に槍が飛んだ。
天原王は既の所で避けたが、槍は王の肩を掠めた。鬼の形相で振り返った天原王の目に皇子 、須佐の姿が映った。怒り心頭に発する。
「この、謀反者がっ」
負けじと須佐が叫び返した。
「よくも、巫女を!!!」
天原王に首を締められ、意識が朦朧としながらも、いつか嗅いだことのある香りを感じ、須佐が来た事を知った瑞穂は、気力を振り絞って、天の神々へ願いを乞い、祈りを捧げた。
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