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19 決意
戦禍により満穂の土地は荒れたが、川が山から運んできた肥沃な土が、満穂の田畑に恵みをもたらした。
集落の修復作業も進んでいる。
身内が命を落とし、悲しんでいた者も前を向いて修復作業を行った。
悲しみを乗り越えようと、満穂に一体感が溢れる。
この戦で多くの人命を失い、何より稚羽矢と志世良を失った瑞穂は、自分の非力さと戦を引き起こした責任を感じた。
人々が瑞穂のお陰で護られたと喜び、敬愛されても以前のように、巫女姫としての実感を感じる事ができなくなっていた。
社殿に籠もり、誰とも顔を合わさずに神への祈りと、亡くなった者を偲ぶ毎日を過ごしている。
父である満穂王が心配して社殿を訪ねるが、瑞穂は父とも対面しようとはしなかった。
◇ ◇ ◇
天原王は、須佐が討ち取った。
簡単に討ち取る事が出来たのは、稚羽矢が刺した短剣に毒が仕込んであった事だった。
稚羽矢が言ったという「一刻もすれば」という言葉を瑞穂から聞いて、須佐は推測した。
満穂王を庇って戦死した志世良という少年が、植物や蛇の毒にも造形があったと云うし、稚羽矢の筒井筒だった事を鑑みても、そうに違いないと言えた。
天原王に与していた一族は、皆追放された。
流火人一族は、流火人が須佐に貢献していたことから追放を免れたが、代わりに膨大な残務処理を任された。
下流に位置する天原も、先の戦で水没しており、領内には、まだ水が引かない土地も多々あった。
流火人は水没した土地の水捌け処理、亡くなった者の弔い、田畑の区画整理、食料確保など、こなさなければならない、山積した問題を次々と片付けて行った。
須佐は天原に戻り、天原王が自分であることを高らかに宣言し、一年未満で天原の立て直しに成功した。
先の天原王の妻たちには報酬を与え、自分の故郷に帰るのか、天原に棲むのかを、自由に選択をさせた。
流火人が主の須佐を誂う。
「愛おしい姫のためなら、何でもするんですね。天原の立て直しには、三年ほどかかると思うておりましたが」
友であり片腕でもある流火人の言葉に、須佐は照れて、眉根を寄せた。
「あぁ、言い忘れておりましたが。洞窟に隠れて居た時、あなた、落ちていた流木を薪代わりに燃やしたでしょう? その流木、燃やすと良い香りがするようですよ」
瑞穂がポツリと言った言葉が気になって、流火人に調べさせていた。
「須佐の香りが良いから、あなたが側に来たら直ぐに分かるわ」
「流木、拾って参りましたよ。須佐様、これから満穂に向かうのでしょう。流木を燃やし、お召し物に煙を当てておきましょう。姫君がお好きな香りを焚きしめて行けば、いくら須佐様と言えど、色良いお返事を頂けることでしょうから」
意地の悪い家臣は、主の困った顔を見て含み笑いをする。
そして、須佐が満穂に出掛けて行くのを嬉しそうに見送った。
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