3 情勢

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3 情勢

 公人たちが出て行くと、満穂王は側に控えていた従者に話しかけた。 「磯良(いそら)よ、彼らについて何と思うか」 「海向こうでは、大きな戦乱があると聞き及びます。おそらく高官に金子を積んで逃げて来た者、もしくはこちらの国力を測るために使わされたのでしょう。ですが彼らの鍛冶、機織りなど、知識と技術力が高いのも事実」  磯良の言葉に満穂王は頷いた。 「知識は武器に優る。文化や技術を伝えて貰うことによって、和平が築かれる。何れこの知識が役に経つ時が来るであろう」  磯良は満穂王に頭を下げると膝を付き、二、三歩(にじ)り寄り、声を潜めて告げる。 「天原(あまがはら)阿津(あつ)に攻め入り、阿津王が討ちとられました」  満穂の北側は山に護られている。西は海、東に東南は川を挟んで三馬都(みまと)と阿津、その下流側に天原がある。  この四国の中で一番大きい領地を持つのは天原だったが、度重なる川の氾濫に見舞われ、米の収穫量はままならなかった。  そこで天原は生き残りを掛け、近隣の国々に戦を仕掛け、次第に領土を拡大していった。  周囲の王たちは天原を恐れ、娘がある王は自分の娘を天原へ送り、こぞって婚姻関係を結んだ事で、一時の脆弱な和平関係が成立した。  天原王が諸国に姫を妻を娶りたいと申し出た時、断ったのは阿津と満穂の二国。  阿津王に姫は居らず、瑞穂姫は国護りの巫女だった為だが、天原王は納得しなかった。  手始めに、地続きで小国ながら豊かな収穫ができ、満穂へ続く地である阿津に攻めこんだ。阿津王の息子を含む王族たちを全員惨殺し、美しいと評判だった阿津王の妻、玉響(たまゆら)を無理矢理自分の妻に娶った。  その残忍さは国から国へ、疾風の如く伝わった。  天原王の野心と残虐さに、いずれ戦になるであろうと満穂王が危惧していた矢先の事だった。  阿津への攻撃は、(かね)てより満穂を手中にせんと欲していた天原の布石に他ならない。  次に天原が狙うのは、満穂である事は明確だった。 「火急に戦の準備を整えよ」  王座から立ち上がり、村が一望できる入口からはるか彼方の仁羽の方角を見据え、満穂王は磯良に命じた。  脆弱ながらも和平を保っていた国同士の拮抗関係が、ぞわり、と妖しく揺らぎ始めていた。
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