5 秘密

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5 秘密

 志世良が村に入って行くのを見届けて、和貴はそっと、山裾の洞窟へ向かった。  細く続く洞窟は、天然の光り苔のおかげで暗くなることはない。和貴は躊躇なく洞窟を進み、中程で立ち止まった。そこには、澄んだ水をたたえた泉があった。大きさは広いが、深さは大人が入って腰ほどまでしかない。  池の前まで来ると、和貴は結っていた美豆良を解き、着ていた貫頭衣(かんとうい)と袴を脱いで、静かに泉に浸かり、自分しか知らない泉を、ゆっくり使う。  雪解け水が山の地を伝って湛えたこの泉は、いつでも澄んで、底まで見える。夏はひんやりと冷たく、冬は凍ることがないほど仄温かい泉であった。  和貴は丁寧に体や髪についた汗や汚れ、獣の臭いを洗い流した。着ていた貫頭衣も洗う。持ってきた縄で尖った岩二つに繋ぎ、ピンと張る。洗った貫頭衣は、シワにならないように丁寧に縄にかけた。  洞窟には、風穴が生じている。風が一定に吹き抜けるため、洗った衣服もすぐに乾いた。  事前に用意し、持って来ていた麻布で丁寧に体を拭き、裳(下着)をつけた。  湿った体と髪の湿気を飛ばすため、側の岩に腰をかけた。吹き抜ける風が、湿気を飛ばしてくれる。  乾かしながら、志世良の事を考えた。和貴よりも二つほど、年上の十七歳。山の知識に長けており、村の女たちに木の実や零余子(むかご)のなる場所を教え、男たちには、猪や鹿、魚の捕え方や罠の作り方を伝授する。薬草にも詳しく、薬となる木の葉や芽、花、木の皮などを採取し、薬湯を作った。  毒となる植物についてもや生き物についての造詣も深く、和貴は志世良から熱心に聞いて覚えた。  温和な性質の志世良は、海を渡ってきた職人たちともすぐに仲良くなり、僅かながら彼らの言葉や文字を覚え、可愛がられている。あれほどの才を持つ少年は、人材が豊富な満穂でも珍しい。  志世良の笑顔が、脳裏に浮かぶ。 「お前は思慮が足らぬ」と、ぼやいている志世良の顔を思い浮かべ、知らず知らず笑みを浮かべた。  体と髪が乾いたのを確認し、手早く下襲(したがさね)(袴)と、大袖(袖あり上衣)、貫頭衣(かんとうい)(袖なし重ね上衣)を身に着ける。  下襲には倭文布(しづり)の帯(縦線模様の織物)を結び、貫頭衣の上から絹布で襷をかける。  垂れ髪に宝冠を飾り、(くつ)をつけ、最後に翡翠の頸珠(くびたま)を首から下げると、洞窟を、そのまま進む。  洞窟抜けた先は、祭殿裏の小高い丘に繋がっていた。  深呼吸を一つ。市井(しせい)の少年和貴から、満穂の姫巫女瑞穂姫へ。  居住まいを正し、祭殿の梯子を上っていった。
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