6 稚羽矢

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6 稚羽矢

「姫さま、お帰りなさいませ。長いお祈りでしたのね」  社殿に戻った瑞穂を、乳母の稚羽矢(ちはや)がにこやかに出迎える。その笑顔は月夜海によく似てきた、と思う。  瑞穂が外へ出掛けることを、神へ祈りの為だと思っている稚羽矢に罪悪感を覚えつつ、座して稚羽矢が用意してくれた薬湯(おちゃ)を口にする。 「姫さま、満穂王より今宵は祭りに神楽お出ましを、との事です。珍しいことですわね」  稚羽矢は瑞穂の髪をとり、櫛で丁寧に梳きながら言う。 「異国の公人たちに、巫女姫さまの威厳を示すつもりなのでしょうか。異国で耳目となって働いて貰うために」  稚羽矢の言うとおり、今宵の宴は異国の公人たちと村人に、満穂の神事を目の当たりにさせ、口の端に乗せることが目的だろう。  昼間の志世良の話によると、近隣王族も招いているらしい。祭りに近隣の国を招く事で国同士の結びつきを強固にし、整備を施した、圧倒的な満穂の国力、ひいては満穂王の統率力を見せつける。  また、異国と満穂の結びつきを近隣の国々に見せることで、近隣の国々の上位にたち、神に愛でられた姫の巫女舞で、畏敬の念を抱かせる。  今宵、開戦が予想される状況を避けようと、満穂王が立てたのは印象戦略だった。    稚羽矢は満穂王が自分にかけた言葉を思い出した。  瑞穂が出かけている間に訪ねてきた王に、瑞穂の最近の様子を話した。父とは言え、普段はなかなか社殿に赴くことはなく、父娘(おやこ)がまみえる事はない。 「稚羽矢、瑞穂を頼む」  一言ではあったが、父王がどれほど瑞穂を大事に思っているかが分かった。瑞穂を表に出すというのは、それだけ危険が伴うのだろう。赤子の頃から共にいる瑞穂姫は、稚羽矢とて家族も同然。身を挺しても、瑞穂を護り抜こうと固く心に決めていた。
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