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9 志世良
「ッ!!!」
不意を突かれた須佐は、瑞穂を掴む手を緩めた。
その一瞬の隙を見逃さず、瑞穂は素早く着地して飛び退き、須佐から距離を取った。
須佐は肩に手を当て、笑い出す。
「これは、これは。なんとも勇敢な巫女姫よ。ますますそなたが気に入った」
笑いながら、一歩踏み出す須佐。
瑞穂はジリジリと後退さる。すぐに背中に大杉の幹が当たった。万事休す。行き止まり。大杉裏山の洞窟から逃げるか?
頭の中で逃げる道すじを考える瑞穂に、須佐が再び手を伸ばす。
そんな須佐の頬を弓が掠った。頬から、つぅと一筋、鮮血が流れる。弓が飛んで来た方を睨みつける須佐。
ガサリ、と大杉の後ろから現れたのは、弓を番えた少年。怯みもせず、真っ直ぐに矢を須佐に向けたまま進んで来て、瑞穂を自分の背に隠す。
見覚えのある少年に驚き、瑞穂は名を口にした。
「志世良?!」
体躯が大きい須佐を睨んだまま、志世良は微動だにしない。なぜ志世良がここに現れたのか分からず、瑞穂は混乱した。
「姫さまっ!!!」
そこへ、稚羽矢が駆けつけた。
息も切らさず胸元から出した短刀を手に、志世良と共に瑞穂を背に庇う。
二人の様子に、須佐は頬から流れる血を手の甲で拭うと、再び布を目深に被った。
「五月蠅い小鼠どものせいで興が削がれた。今宵はここまでにしよう。勇敢な巫女姫」
そう言うと、須佐は軽々と大杉の枝に飛び移り、柵と堀を越え、山の中へ消えて行った。
志世良はすぐさま須佐を追う。
今更ながら、膝がカクカクと震えて瑞穂は地面にしゃがみ込んだ。
そんな瑞穂を稚羽矢が優しく支えて、立たせる。
そして、自らは地面に平伏した。
「私が離れたばかりに、姫さまを危ない目に合わせてしまいました」
瑞穂は稚羽矢の肩に手を置いた。
「稚羽矢のせいではないわ。私に自覚が足りなかったの。ごめんなさい」
稚羽矢の目は潤んでいる。
生まれて初めて、瑞穂をを失うのではないかと肝を冷やした。この身に変えても必ず守ると、満穂王にも約束したと言うのに。
「稚羽矢、顔を上げて。あなた、志世良の事を知っていたわね? なぜ?」
平伏している稚羽矢の肩が、ぴくんと微かに跳ねた。でも、稚羽矢が口を開く気配はない。
「志世良は、満穂王の配下の者だったのね?」
◇ ◇ ◇
瑞穂が襲われた事は、隠密に満穂王に報告された。
満穂王は客人たちには知られぬよう、すぐに周囲の警備を手配した。
供人の磯良と共に館に戻ると、満穂王は志世良から報告を聞いた。
「天原の皇子、須佐が瑞穂に! 天原め、もう動き出しおったか。瑞穂を拐わかそうとは。由々しき事態ぞ」
「先般天原について調べたところ、皇子は須佐一人ですが、王の不興を買い、天原を追放されております。今さら天原王のために動くとは考えにくく……」
そこで志世良の報告を、磯良が遮る。
「やめよ。爾の考えは無用。事実だけを述べよ」
父の言葉に口を噤み、黙って頭を下げる。
「よい。志世良、そなたの働きに感謝する。これからも瑞穂を守って欲しい」
満穂王の言葉に第一家臣、磯良の息子である志世良は座礼で深く頭を下げた。
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