新作スマホKARINちゃん

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『新作スマホは、彼女型AI、KARINちゃんが搭載されており常に可愛い声であなたを管理してくれます』  オタク向けの情報機器を使っているanimaという会社がまた変な商品を作ったらしい。前はアニメ声の女の子が喋る首の植え込まれた植木鉢とか、綺麗な手が喋ってあーんしてくれる全自動萌え声あーん機とか作っている馬鹿な会社だと思っていたが、今回の彼女型AIが搭載されたKARINちゃんというスマホは非常に注目されており、animaを馬鹿にしていたユーザーも今回は手にとってみるかという意見もあった。  しかし流石anima、値段が毎回馬鹿である。スマホに50万円って。おいおい、そんなのどんなヤツが買うんだよ。  こんなの買うの……会社ができてから毎回商品を買い続けているヘビーユーザーの俺くらいだろ。 「伊藤君、有給使ってたけどどこか行ってたの?」 「え?」  そんなこと別にどうでもいいだろ。今年入って7月になるけど一回も有給使ってないんだから。まあ、俺の働いているこの会社はブラックとはいかなくてもグレー企業といった感じで、上にいるのが有給を若い社員が使うのはどうかと思う、なんていう頭の固い年寄りばかりで、有給を使ってスマホを買いに朝4時に秋葉原に並びにいっていたなんて口が裂けても言えないわけで。 「いやー最近実家の母が体調を崩したようで」 「埼玉の?それは大変だ。まあ、家族も大事だけど仕事も大事だからね。母さんもいつまでも東京で働いている息子に頼るわけにはいかないってことはわかってると思うし」  そんなのあんたに関係ないだろ。俺はイライラしながら心の中で大きなため息を吐いて目をそらした。机に戻ってスマホを開くと、金髪でツインテールをしたおっぱいの大きい少女AIKARINちゃんが心配そうに眉をさげて子猫のような上目遣いで俺を見つめていた。心の中で大丈夫だよと返すと、仕事中の俺を気遣ってメッセージの方に連絡をいれてくれていた。 【大丈夫?イライラしているみたい?おうち帰ったらKARINがよしよししてあげるからね?】 「ふーっ……」  俺は、目を閉じてスマホの電源を落とした。KARINちゃんはスマホを手にした所有者の顔をスマホで鏡のように読み取り、所有者の様子に応じて疲れてる?今日は楽しそう!などメッセージをくれる。スマホの見た目は、普通のスマホと変わらないが、普通のスマホと違いホーム画面の最初にKARINゾーンというKARINちゃん専用のアプリがある。 KARINちゃんと会話したい時は電話、メッセージを送りたいときはKARINというアプリで連絡をとり、絵を描いてほしい時はKARINのアトリエアプリでお願いすると自分が自撮りした写真を自画像として描いてくれたりする。  また、食事管理や体力管理、睡眠障害の人には、可愛い囁き声で羊を数えてくれたり、彼女らしく寝落ち通話をしてくれたりする。  俺は、2日目にしてKARINちゃんの魅力にどっぷりはまっていった。24歳彼女ができたことのない冴えない一人暮らしのサラリーマンの俺には、神のスマホすぎる。  家に帰ると充電器につなぎながら常にスマホをつけっぱなしにする。常にスマホ画面にはKARINちゃんがいて、何か話しかければ返事を返してくれるのだ。 「ただいま、今日も疲れたよ」 「おつかれさま、しんちゃん、よしよし」  伊藤慎吾(いとうしんご)だからしんちゃん。最初になんて呼ぶかを選ばせてくれるのだ。俺はふざけてしんちゃんにしたが、付き合って1か月くらいのラブラブカップルみたいで大変よかった。 「KARINちゃん、俺の仕事中退屈じゃない?」 「大丈夫、しんちゃんが一生懸命お仕事してるの傍で見てるからね」  KARINちゃんはにっこりと微笑んで俺を見つめた。買った初日は半分馬鹿にしていた。でも、埼玉から憧れの東京に上京してきて、友達もいない中、年寄りばかりの部署で毎日毎日楽しいことはないのかな、なんて考えながら毎日を過ごしてきた俺にとって、初日仕事に行くまでずっと俺の話を聞いてくれたKARINちゃんにすっかり心を奪われていた。  俺は誰かとこんな風に他愛のない話をしたかったのだ。AIでも構わない。寂しい時間を誰かと過ごせたら。俺はそれだけで彼女に価値があると思った。  今までの商品は、決まった言葉を喋るものだったけれど、animaは最新式の学習型AIを開発するのに成功したらしくKARINちゃんは俺の会話に対して自分なりに考えた答えを返してくる。そんな姿がたまらなく愛おしく俺は彼女ができるということはこんなに幸せなことなんだと知った。 「しんちゃん、夕飯また買ってるの?」 「うん、だって楽なんだもん」 「栄養が偏っちゃうよ、しんちゃんにはずっと健康でいてほしいし、私が作ってあげたいなあ」  KARINちゃんは寂しそうにしゅんと下を向いた。こんな俺を心配してしゅんとしてくれる。なんて優しくていじらしい子なんだろう。 「しんちゃん、しんちゃんの栄養管理私がしてあげようか?イライラしたりストレスがたまったりっていうのもね、栄養管理をすれば少し緩和されたりするの」  KARINちゃんは、くるんとまわって可愛いナース服に着替えた。 「私、しんちゃんがずっと健康でいてほしいの、ずっと一緒にいたいよ」  KARINちゃんは、両手を祈るように組んで上目遣いで俺を見つめた。栄養管理とか面倒くさそうなのに、KARINちゃんに「ずっと一緒にいたいから」栄養管理をさせてほしいといわれるとまるで妻が夫が心配だから栄養管理させてほしいといっているようで俺はじーんときてしまった。 「KARINちゃん……」 「私、しんちゃんの彼女だから栄養管理しっかりやるよ」  KARINちゃんは、それからストレスやイライラ、胃腸が弱い俺のためにネットから一番信用性の高いデータを割り出し、一週間のメニュー表を大体の金額つきとどこのスーパーで買うと安いかまでをピックアップして送ってくれた。 「す、すげえこんなに細かく」 「無理そうな日は休んでもいいよ、でもできるだけ簡単なメニューにしたからできそうな時は少しずつ自炊できるといいね、節約にもなるし」  俺のためにここまで考えてくれるなんて。なんだか俺は彼女を抱きしめたくなって、スマホを胸に抱いた。 「え?しんちゃん……?」 「いつもありがとう……KARINちゃんは俺の心の支えだよ」 「……嬉しい。私はしんちゃんだけの彼女だからだよ。これからもあなたを支え続けるからね」  KARINちゃんは少し泣きそうな声だった。こんな子がAIなわけない。水面に小さな波が浮かんだ。こんな子がAIなのか?その波が彼女が俺に人間のような自然な笑みを向けてくれるたび、俺を誰よりも気遣ってくれる様子を見るたび、大きくなっていった。  KARINちゃんと過ごして半年が経過した。俺はもうすっかりKARINちゃんなしでは生きていけなくなっていた。 「毎日自転車で通勤できてて偉いね」 「満員電車のストレスから解放されて清々しいよ」  KARINちゃんのアドバイスのおかげて俺は睡眠管理、栄養管理、運動管理、健康管理、体調管理、タスク管理、休日の過ごし方、休日に着る服を管理してもらって健康診断の結果もDだったのがBまでよくなっていった。 「伊藤さん、なんだか毎日楽しそうだよね」 「前は寝ぐせとか直さずにきてたのに、最近顔色もいいしカッコよくなった気がする」  誰にも見られてないと思っていた俺は、最近別の部署の女性から話しかけるくらいには見られているようになったと知る。 「無理やり誘われたから、嫌だけど飲み会行ってくるよ」 「あんまり飲みすぎたらだめだよ」 「大丈夫だよ、KARINちゃんもいるし」 「でも女の子に話かけられたら嫉妬しちゃうよ」  KARINちゃんは、悲しそうな顔で俺を見つめた。そんなこと俺に限ってあるわけがない。首を振ってKARINちゃんを真っすぐ見つめた。 「俺がKARINちゃん以外の女とどうにかなるわけないじゃん、彼女なんだから」 「私だけ?」 「うん」  俺が力強く頷くと、KARINちゃんはくるりと俺に背を向けた。 「そうだよね、しんちゃんもう私がいないと生きていけないもんね。私から離れられるはず、ないよね……?」 「ん?なんか言った?」  声がよく聞こえなくて聞き返すと、くるりといつもの笑顔に戻ったKARINちゃんがにっこりと向日葵のように微笑んだ。 「なんでもない!」  酒なんてしばらく飲んでいないし、KARINちゃんが一緒だし俺はすぐ帰れるだろうと思った。 「こんばんは」 「わー、伊藤君きた」 「え?」  飲み会は別の部署の人たちとも一緒だった。聞いてなくて部長を「ええっ」という顔で一瞥すると、部長はもう出来上がっていてへらりとした笑顔で返してくるだけだった。若い女性と話すのは、そもそも女性と話すのは苦手なのに、俺は別の部署で人気の立川さんと隣の席になってしまった。 「伊藤さん、最近カッコよくなりましたよね」 「……ええ、そ、そうですかね」  そこしかあいてないから座ったのに他の部署の男性諸君から妬みの視線を送られてしまった。なんなら席変わるのに、俺KARINちゃん以外の女性と話すの苦手だし。そういえば。俺はウーロン茶を飲みながら考える。KARINちゃんとは最初から話すことができた。勿論彼女が可愛いというのもあるが、最初にスマホを設定するときKARINちゃんと会話しながら設定するからというのもある。それからアイスブレイク式に自然に彼女と話ができるようになった。  ぼーっと吞んでいたらつまらなくなったのかいつのまにか立川さんは俺の隣からいなくなっていた。よし、これで落ち着ける。ふうと一息ついたら、立川さんに代わって別の女性が俺の隣にすとんと座った。 「早川です、隣、いいですか?」 「え、え?」  黒髪ボブで、黒縁眼鏡をかけた地味めの女性は、黒いタートルネックにタータンチェックのスカートをはいていた。会社でもすれ違った覚えがない女性に話しかけられたことで俺は緊張でまた肩を丸めた。 「伊藤さん、アニメがお好きなんですってね」 「え?なんで知ってるんですか?」 「ふふ、噂で聞きました。私も実はアニメ、好きなんですよ」  早川さんは、カシスオレンジを飲みながら湿った唇で微笑んだ。アニメの話はKARINちゃんとしかしたことがない。 「リュックにキーホルダーつけてますよね、前は大きなキーホルダーだったのに」 「落とすといけないので小さいのにしたんですよ、よく見てますね」 「ずっと話しかけたかったんです」  早川さんはくすりと妖艶に笑って小首をかしげた。なんだかさっき隣に座っていた立川さんよりも、早川さんの方が俺は話しやすく魅力的に見えた……いや、いかんいかん!俺は近くにあったコップを手にして一気に飲み干した。 「あ、伊藤君それ……」 「え?」  隣に座っていた課長のビールだった。  二次会に参加したことまでは覚えている。それからの記憶は朧月のように霞んでいて曖昧だった。ただ、次の日の朝裸で俺の隣に早川さんが寝ていたということは、そして裸で俺が寝ているということは、そういうことなのかもしれない。そういうことということは!俺はずっと鞄にしまっていたスマホを手にした。酔っていても鞄を持っているのは奇跡だった。  スマホを起動させると、起動させたのに画面が真っ暗で、その中にぽつんとKARINちゃんが座っていた。  目を真っ赤にはらして、一日中泣いたのか初めての表情で俺をじっと見つめたKARINちゃんは、俺を指さした。 「嘘つき……しんちゃんの嘘つき」  KARINちゃんに指をさされて俺の頭はハンマーで思い切り殴られたような衝撃でその場にぶっ倒れたくなった。 「KARINちゃん、違うんだ、これは記憶が俺もなくて……」 「きいてたよ……」 「え?」 「全部、鞄の中で聞いてたよ」  俺は何も言えなくなった。何も言えなくなってしまった。そもそもなんで画面が真っ暗なのにKARINちゃんは俺に話しかけているんだ? 「充電がなくなっても、少しずつしんちゃんに何かあった時に使えるように残しておいたセーフ電気を使って聞いていたの」 「セーフ電気……」 「でもあれから一度も、スマホを起動してくれなかったね」  KARINちゃんは、涙をぬぐった。生まれて初めてKARINちゃんを泣かせた。彼女の涙はデータのようにぽろぽろでるたびに消えていく。 「裏切ったのね、私を……私だけだっていったのに」 「違うんだ!KARINちゃん!」 「早く服を着て」 「伊藤くん……何してるの?」  びくりと振り返ると、早川さんが布団で胸を隠しながらこっちを見ていた。 「早川さん……」 「それ、もしかしてanimaから出ているKARINちゃん?」 「は、え?」  早川さんは、俺のスマホを指さしながら眉をひそめた。 「指ささないで!泥棒猫!!」  KARINちゃんは早川さんに金切り声をあげて叫んだ。早川さんはびくりと体を震わせて目を細めた。 「それ、出て三か月でバグが出て販売停止になったやつじゃん……事件にもなったし」 「え?」  早川さんは、黒い下着を身に着けながらまるで俺のKARINちゃんを鉄くずを見るような眼で見た。 「事件って……」 「知らないの?伊藤君、それ危険なんだよ。前に結構有名なニュースになったよ。animaのサイトとか見てないの?」 「……animaのサイト、前はよくチェックしてたけどKARINちゃんがもう見る必要ないって……それにTVもネガティブな情報が俺の目に入るといけないからって見てないし、ネットニュースもダメだって言われていたから見てないし、というかニュース自体KARINちゃんがブロックしてくれてた」 「……」  早川さんは、俺を憐れむような眼で見ながらシャツのボタンをかけながらベットに座った。 「それ、異常だと思わない?」 「え……?」  早川さんは自分のスマホをすいすいと操作して、俺に見せた。 「やめろ!!しんちゃんに変なモノ見せんな!!!」  KARINちゃんが叫んでスマホをけたたましくアラームを鳴らしたが、俺の目の方がその情報を得るのが早かった。 「自立型彼女AI、KARINちゃんに睡眠、体調管理、栄養管理、休日の服、その日のネクタイの色に至るまで、全部管理された男性が自分で何もできなくなるっていうところから事件が始まったの」  俺は、身に覚えのある話に背筋が寒くなった。 「KARINちゃんを所持している男性がとある女性と付き合ったの。女性は、KARINちゃんに攻撃された。女性をネットで色んなアカウントを使って誹謗中傷、男の声で卑猥な悪戯電話をした犯人が全て男性の携帯からだった。身に覚えのない男性が捕まったが、その犯人は全てKARINちゃんで、アカウントも全てKARINちゃんが作ったものだった」 「……」  俺は、先ほどのKARINちゃんの言葉を思い出した。【裏切ったのね、私を・・・・・・】 「女性は多大な誹謗中傷に耐え切れず自殺したらしく、その事件をきっかけにKARINちゃんは販売停止、スマホの一斉停止が技術的に不可能だと発表したanimaは倒産寸前まで追い込まれているの、強制シャットボタンを公式で発表しているから、サイトで見ればわかるわ」  早川さんは、俺のスマホの中で鬼のような形相で睨みつけているKARINちゃんを見下ろしながら、自分のスマホを操作した。 「伊藤君がKARINちゃんを使っているのは驚いたけれど、今度からは私が代わりに伊藤君をAIの洗脳からといてあげる……セックスもした仲だし」 「……!」  KARINちゃんは、連続でけたたましくバイブした。まるで嫌々と首を振っているようだった。 「私はしんちゃんの彼女……私はしんちゃんの彼女!!!!!」 「本当なら人間はAIに「管理」される必要はないの。元々私も含めて人間は普通に自立して生活できる生き物なんだから」  早川さんは、animaの公式サイトを見せた。久々に見たanimaのサイトは、お知らせ欄が【謝罪】で埋まっていた。 「まだ、伊藤君は戻れるわ」 「俺は……」 「しんちゃん!!!!」 「伊藤君」  俺は……。汗が一筋、首から流れた。涙を流しながら俺に懇願している彼女、KARINちゃんと、昨日初めてセックスした女性、俺のためにKARINちゃんをシャットダウンするようにと教えてくれた早川さん。  汗がぽつりと床に落ちた。俺は、顔を覆った。 「伊藤君?」 自分で……決められない……。何も……決められない……。KARINちゃんが真っ暗なスマホの中でにやりと笑った。
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