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店のガラス戸を音を立てないようにして閉めてから、ガラス越しに深々と頭を下げて津島は帰っていった。
「なんだか寂しそうでしたね」
大人の男のうなだれる姿を見ることはほぼ無かった虎之助にとって、小さくはあるが衝撃であった。
「男って案外弱いのよ。女に関しては特に」
妻に先立たれた中高年男たちの、情けないほど萎れた姿を見るたびに、女の強さが際立って見える。未亡人という名刺を手に入れて、残りの人生を謳歌する。男もそうあればいいのに。でもそれができないのは、これまでの人生どれだけ妻に頼って支えられて生きてきたのか、失ってから気づいたからではないだろうか。自分一人では何もできないことに。
まあ、津島弘明の場合はまだ夫婦そろって元気な現役世代だからそこまで深くは考えていないだろうが、この先どんどん年を取って老いてくれば、妻の存在の大きさを思い知ることになるだろう。
弥生は応接室に戻ってテーブルの上の記入表を手に取った。子供は娘と息子。娘は結婚したばかり。息子も家を出て独立している。子育てを終え成人した子供たちは巣立っていき、これからは夫婦二人で残りの人生を歩き出す時期が来た。さあこれから楽しもうという矢先に、妻の方だけ自分の楽しみを見つけてしまったのだとしたら、家族のために頑張って働いてきたであろう夫が気の毒でならない。
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