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風鈴の音が、競うように鳴り響く。
お向かいの家は鋳物の風鈴、我がコノミ書店はガラスでできた江戸風鈴。細い路地での共演は耳に心地よさを与えてくれる。
くわえてうだるような暑さを少し和らげてくれるのが、本日のおやつに用意された水羊羹だ。
「やっぱ水羊羹は三丁目の福寿屋のが一番ね」
冷たい菓子には熱いお茶、というのが弥生の信条である。なので濃い目の煎茶がお供。
虎之助はといえば、ほんとうは冷たい麦茶が飲みたいところだが、店主の淹れてくれたお茶が冷めるのを待ちながら、先ほどコノミ探偵事務所に入った予約の報告を始めた。
「久しぶりに男性のお客さんです」
虎之助は、まだ男性からの依頼は二件ほどしか経験が無い。それも、歳の離れた若い妻に対する調査を依頼した高齢の夫。今回のような現役世代の男性は初めてだ。
「今回の依頼人はいくつくらいの人?」
「え~、55歳、ですね。あ、弥生さんと同い年ですか?」
言った後でまじまじと女所長の顔を見る。55、という数字が当てはめられるような、当てはまらないような。出会った時から3歳年を取っている弥生の顔は、ほぼ変化がないように見える。シワだとかたるみだとかを気にすることもなく、とにかく元気に日々過ごす事を心掛けているところも美魔女たる所以なのかもしれない。
「ふうん・・で、奥さんの年齢は?」
「あ、こちらも55歳です。同級生ですかね」
かもね、と歌うように返してから水羊羹を口に入れる。なめらかでつるりとした喉越しに目じりを下げながら、久しぶりの男性依頼者に興味と妄想を膨らませる弥生であった。
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