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「で、その小さな集まりらしきものになにか不審なところが見受けられるんですか?」
手帳に走り書きをした後、津島に視線を戻すと、会ったんです、とかすれる声で呟いた。
「会った?というのはいわゆる現場、ですか」
津島は、いえ、と小さく首を振った。
「木曜日の夜の事でした。私、木曜はいつも帰りが遅いんです。帰宅するのは9時くらいなんですが、いつものように駅の改札を出たところで妻と出くわしたんです」
こんな遅い時間まで出歩いていたなんて、と津島は怪訝そうな眉で首をかしげていた。
「奥様、お仕事かなにかで?」
探偵の問いかけに、今はしていませんので、と依頼者は首を振った。
「一年ほど前までは知り合いのパン教室でパートをしていました。料理やパン作りが得意なもんで、アシスタントのようなことを。でもオーナーの事情でその教室は閉鎖してしまい、なんだか気が抜けたと言ってしばらく仕事はいいわと。だから今は専業主婦です」
「そうなんですか」
好きを仕事にしていたのなら、きっとやりがいがあっただろう。それが急に無くなってしまった。年齢的に、さあ次だとアクティブに動けるほどフットワークは軽くない、と自身に重ね合わせて弥生は思う。心にポカっと開いた穴を埋めるかのように、別の楽しみに気持ちがむいていったのかもしれない。弥生は切ない吐息を静かに吐いた。
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