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1話
美波に誘われて参加した婚活パーティーは、有名ホテルで行われると聞いた時から覚悟していた通り、華やかな雰囲気の会場だった。
パーティーの形式は一番シンプルなものらしいけど、こういうものに初めて参加する私には、それがシンプルなのかどうかも分からない。
数分置きに自分の目の前にやってくる男性と話をして……を繰り返す作業に、徐々に疲れが出てくる。
元々社交的な美波は隣の席で誰とでも楽しそうに話をしてるけど、どちらかというと知らない人と会話をするのに気後れしがちな私は、愛想笑いを浮かべて無難な会話をするのが精一杯だ。
「――あれ? 東野?」
「え?」
男性が席をチェンジするタイミングで、疲れから俯いて溜息を吐いていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。
「――長谷川課長……?!」
「こらこら。もう課長じゃないだろ」
頭を上げた先に見えたのは、1年前に会社を辞めた元上司の顔。こんな所で再会するなんて想像もしていなかった私は、心底驚いた。
あまりの衝撃で固まる私をよそに、以前と変わらない優しい笑顔を見せた元上司は、一瞬何かを考えるような素振りを見せる。
「んー……今更自己紹介する必要もないだろうけど、折角だし流れに沿ってみるか。――長谷川英介、36歳です。マンション経営をしています。そちらは?」
「へ……? あ、東野渚29歳、です……」
「そうか。東野ももうそんな年齢なんだな。一緒に働き始めた時は24歳とかだったのに、そりゃ俺も年を取るわけだ」
眉をハの字に下げて苦笑する顔は、一緒に働いていた頃から変わってなくて、懐かしい気持ちになる。
「長谷川課長……あ。えっと、長谷川さんはどうしてここに?」
「友人から、お前もそろそろ身を固めろって無理やり参加させられてな。両親からも早く嫁を見つけろって何度も言われていたし、まあいい機会かなって。でもなあ……」
ちょいちょい、と手招きされて顔を近づけると、耳元で小さな声が聞こえてくる。
「相手が若い女の子ばかりだとは思ってなかったから、居心地が悪い」
「若い女の子嬉しくないんですか?」
男性は若い女の子が好きなんだとばかり思ってたけど。
思わず長谷川さんに聞き返すと、意外な答えが返って来た。
「全体的に年が若過ぎてなあ……話が合わないんだよ。東野ぐらいならまだ何とかなるけど、一回り近く歳の差がある女の子と何を話せばいいのやらさっぱり。若い子が好きな男は確かに多いけど、俺はちょっとな……まあ、年収1000万も無いから相手も範疇外だろうけど」
「そうなんですか?」
「ああ。会場に着いた時に、パーティーに参加してる男の年収は1000万クラスだって女の子が話してるの聞いて驚いたんだよな。だから、慌てて運営に話をしたんだけど、年収1000万じゃないと駄目なわけじゃないから参加可能だって言われてさ」
そういえば美波も、年収1000万クラスが参加するとは言ってたけど、そういう人限定とは言ってなかったっけ。気にしてなかったから確認もしてなかったや。
「年収の条件があるにはあるらしいけど、俺もギリギリで当てはまってるらしい。でも、1000万を期待してる子達がほとんどだろう? だから、ここまで会話した女性には年収のこと正直に話したんだけど、皆面白いように一瞬表情が変わってたな」
笑いながら話す長谷川さんに、私は苦笑を返した。
そういう男性目当てに参加してる人が多いのは本当だろうから仕方ないのかもしれないけど、きっといい気持ちはしなかっただろうな。
「それで――お前は? やっぱり玉の輿狙いでここに来たのか?」
「私は――」
長谷川さんの質問に答えようとしたところで、時間終了の合図が鳴る。
「――終了か。何だかお前との時間はあっという間だったな……じゃあ、またな」
「あ、はい……」
玉の輿狙い、か……別にそういうわけじゃないけど、ここにいたらやっぱりそう思われちゃうよね。年収で結婚相手を決める女だって、幻滅されたかな……表情も少し硬かった気がするし。
元とはいえ、ずっと尊敬していた上司にそう思われてたらショックだなあ。
「誤解だけでも、解きたかったな……」
次の男性が目の前に立っていることにも気付かずに、私は俯いて溜息を吐いていた。
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