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駐車場に着き、助手席のドアを態々開けてくれた長谷川さんに恐縮しながら車に乗りこむ。
ドアなんて自分で開けられるんだから、恋人をエスコートするようなこと私相手にしなくていいのに。長谷川さんが優しいのなんて重々承知だけど、こんな所まで優しいのかと内心びっくりしてしまった。
「シート倒して寝ててもいいからな」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
送ってもらってるだけでも申し訳ないのに、隣で呑気に寝るとか出来るわけがない。
「……まあ、今は仕方ないか。じゃあ、出発するぞ」
仕方ないって、何の話だろう?
疑問に思ったけど、運転している長谷川さんに質問するのは憚られて大人しくする。
「――そういえばさ、お前は何で婚活パーティーに参加してたんだ?」
「あー……長谷川さんと似たような感じです。親から、孫の顔を見れるのはいつになるんだろうって、ちょっとプレッシャーを受けてまして。出会いも無いし、婚活パーティーに参加してみようって友人に誘われたので、それで」
「誘われたってことは、その友達も今日のパーティーに参加してたのか?」
「はい。私の次の席にいた子が友人です」
「ああ、あの子。お前1人で帰ってたってことは……あの子はカップル成立したのか?」
「はい」
美波、このまま順調に結婚までいったらいいな。
「お前はいいなって思う相手いなかったのか? 番号は書いたんだろ?」
「……実は、書かなかったんですよね」
「書かなかった? 何で?」
「なんて言うか……もういいやって思って。考えるの疲れちゃったんですよね」
「――なるほど、だから……でもお前も、相手を探しに来たんだろう? 玉の輿のチャンスだったのに勿体無いんじゃないか?」
「あ。それなんですけど、私は別に玉の輿に乗りたいと思って参加してたわけじゃないですからね。友人に誘われたし、良い機会だから出会いがあればって、とりあえず参加してみただけなので」
「そうだったのか」
「そう言う長谷川さんは? いい人いなかったんですか?」
「言っただろう。若い子ばかりで居心地悪いし、年収の話したら皆表情が変わったって。お前ぐらいだったな、気負わずに話せたのは」
「それは私もです」
長谷川さんと話してる時だけ、変な緊張をせずに話せてた。元々知り合いだし、安心出来たんだろうな。
「でも、勿体ないですね」
「勿体ない?」
「長谷川さん優しいし、仕事も出来る上に皆からも慕われてたでしょう? 家庭でも良い旦那さんになりそうなのに、年収が1000万ないってだけで放っておくなんて勿体ないですよ」
「はは。嬉しいこと言ってくれるな」
「本音です。だって私、ずっと長谷川さんのこと尊敬してましたから」
尊敬していた、なんて本人に直接言うのはちょっぴり恥ずかしくて、少しだけ顔が熱くなった。でも、一緒に働いていた時には伝えられなかった思いを伝えられて、ちょっとした清々しさも感じる。
「尊敬か……そんな風に思ってくれてたなんて知らなかったな。ありがとう」
「いえ」
黙り込んだ長谷川さんに釣られて私も黙り込む。そのまま窓の外に流れる景色を見ていると、信号待ちで止まった車の窓越しに、長谷川さんと目が合った。
「長谷川さん?」
「――そんなこと言ってくれるなら、お前が俺の嫁になるか?」
「はい? 嫁……ですか?」
「お互い周りからせっつかれてる身だし、お前となら上手くやっていける気がする」
そう言う長谷川さんの笑顔は、冗談とも本気とも判断がつかなくて。
私はどう答えたらいいか分からず、とんでもないことを言い出した元上司をしばらく無言で見つめていた。
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