2話

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2話

あの婚活パーティーから半月が経った。 今度連絡する――そう言った長谷川さんからは連絡が無く、あの件があるだけになんとなくホッとしつつも、どこかで少しだけショックを受けている自分もいた。 一方美波は、相手の男性と食事に行ったり順調な様子で、友人が幸せになれそうなことを喜びつつ、同時に一抹の寂しさも感じてしまう。 女心って複雑だな、なんて他人事のように思いながら、1時間だけ残業をして会社を出ると、思いがけない人が外で待っていた。 「東野」 「え……長谷川さん? 何でここに……」 「迎えに来たらびっくりするだろうと思ってな。それにしても、懐かしいなー。退職したのは、まだほんの1年前のはずなのに」 懐かしそうに目を細めてオフィスを見上げる長谷川さんを、私は呆然と見つめる。 「何をそんなに不思議そうに見てるんだ? 仕事終わったんだろ? 飯行かないか?」 「え、あ……はい。それは大丈夫ですけど」 「よし。じゃあ、久しぶりに駅前の居酒屋行くか。会社辞めてからこっち方面に来ないから、ずっと行ってないんだよな」 颯爽と歩き出した長谷川さんに続いて、私も慌てて足を進める。 ――本当にびっくりした。連絡するとは言ってたけど、まさか会社の前で待ってるとは思わなくて。何か用事でもあったのかな。定時からずっと待ってたなんて、流石にそんなことはないよね……? 「残業多いのか? 今日定時より遅いだろ」 「特別多くはないですよ。前と変わらないと思います」 「そうか。あんまり遅くならないようにしろよ? お前の家の周り、人通り少なそうだったし」 「もう慣れてるので大丈夫です」 「慣れる慣れないの問題じゃないだろ。夜道を女性が一人歩きすること自体が危ないんだからな」 「はい、気をつけます。心配してもらってありがとうございます。……ふふ」 何だか懐かしいな。一緒に働いてる時と同じ口調なんだもん。仕事のことじゃ無いけど、まるであの頃みたいに上司の長谷川さんに注意されてる感じだった。 「何を笑ってるんだ?」 「いえ、ちょっと」 「ちょっと、何だ?」 「懐かしいなって思って。一緒に働いてる時も、長谷川さんこんな感じだったなって」 「上司っぽかったってことか?」 私が頷くと、途端に長谷川さんは複雑そうな表情になる。 「――なあ。俺は今、上司としてお前と一緒にいるわけじゃない。ただの男として一緒にいるんだ」 「ただの男としてって……」 ――駄目だ。この前の冗談のせいで、今一瞬変な意味に捉えそうになっちゃった。もう上司じゃ無いってことが言いたいんだよね、きっと。 「すみません。長谷川さんといると、ついあの頃の感じに戻っちゃって」 「結構長く一緒に働いてたしすぐには難しいのかもしれないが、これからは元上司としてじゃなく、ただの長谷川英介として見て欲しい。これ、約束だからな」 「はい」 「よし」 満面の笑みを見せて足取り軽そうにまた歩き出した長谷川さんを、少しだけ可愛いと思ってしまった。
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