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3話
長谷川さんとお試しで付き合うことになった翌朝、出勤の準備をしているとメールの着信を知らせる音楽が鳴った。
こんな朝早くから誰だろう?と思ってスマホを見ると、送り主は長谷川さんだった。
“おはよう。出勤準備中か?“
何か用事があるのかと思って、準備中だけど時間には余裕があることを伝えると、すぐに電話がかかってきた。
「おはよう」
「おはようございます。朝からどうしたんですか? 何か急ぎの用事でも?」
私がそう言うと、電話の向こうで小さく溜息を吐く音が聞こえてきた。何で溜息?と思っていると、あのなあ……と、長谷川さんの少し落ち込んでいるような声が聞こえてくる。
「俺とお前は、お試しとはいえ一応恋人同士だろ?」
「はい……そのはずですけど……?」
「その恋人の声を朝から聞きたいと思うのは駄目か?」
「え?」
それってもしかして……
「声を聞くための電話、ってことですか……?」
「そうだけど? というか、それ意外に何があるんだ」
思いがけない理由に、つい驚いてしまう。
今まで恋愛経験がないわけじゃないのに、声が聞きたいからって理由で電話がかかってきたのも、それをストレートに伝えられたのも初めてかもしれない。
「……迷惑だったか?」
長谷川さんの声が不安そうになったのを感じて、電話だというのに慌てて首を振りながら否定する。
「そんなことないです! ちょっと驚いただけで……」
「じゃあ、嬉しい?」
「え?」
そんな切り返しが来るのも予想外かもしれない。
そうだな……嬉しいか嬉しくないかで言えば……
「嬉しいです」
「……良かった。今日も残業するのか?」
「いいえ。何もなければ、今日は定時で帰るつもりですけど」
「そうか。もし遅くなるようなら俺に連絡して」
「連絡ですか?」
「迎えに行くから」
「迎えにって、わざわざそんなこと……」
「夜道を1人で歩かせたくない。何かあってからじゃ遅いし、好きな女を守るのは当然だろ?」
「好きな、女……」
はっきり言われた言葉に、顔が熱を持ち始める。
今、目の前に長谷川さんが居なくて本当に良かった。
「――お、もうこんな時間か。そろそろ出発か?」
「あ……そうですね。そろそろ出ないと」
「忙しいのに朝から悪かったな。でも、お前の声が聞けたから今日一日頑張れそうだ。ありがとな」
「いえ、そんな……」
「仕事頑張りすぎるなよ。行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
電話を切った後、少し早い鼓動を感じながら近くにある鏡を見ると、案の定頬が赤みを持っているのがメイクの上からでも分かった。
昨日長谷川さんが言ってた、遠慮しないから覚悟しろって、もしかしてこういうこと……?
長谷川さん、今までも恋人にはこんな感じだったのかな。優しいのは部下の時から知ってたけど、輪をかけて優しいというか甘いというか……
戸惑い半分ドキドキ半分なお試し初日の朝、昨日の言葉の意味を少しだけ理解させられた気がした。
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