5.ダイビングガールちゃん

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 久しぶりに心がザワつく出来事に遭遇してしまい、そんな心境だった。もちろん幼馴染み夫妻の気遣いを有り難く思いつつも、気負わせないように断る口実でもあった。  大河もそこはわかってくれたのか、致し方ないという笑みを運転席で浮かべている。 「あんなことが目の前であったもんな。陽葵には、なにが起きたかは守秘義務的に伝えられないけれど。乃愛は『ぶっとばしたい日』と伝えておく」 「ありがとう。あまり心配はかけたくないよ。大河だってそうでしょう」 「そうだな……」 「一緒にいてあげなよ。中尉もゆっくり休んでね」  陽葵は結婚を機に軍の事務職を退職して、いまは専業主婦になっている。今後そうなるだろう出産と育児を見越してのことだった。夫は艦乗りだから、航海に出たら自分ひとりで子育てをしなくてはならないという彼女の決意なのだろう。  そんな彼女が、艦に乗れば留守になる夫をひとりで待っている家。親友の乃愛が訪ねても嬉しいだろうが、新婚の今はふたりきりで過ごしてほしいと乃愛は思う。  大河の車が独身住宅地の入り口で停車して、乃愛をおろしてくれる。『では、また二日後の非番明けに』と挨拶をして別れた。  交代は朝の八時に行われる。そこから艦を下りて帰宅しても、まだ朝の爽やかな空気が残っている。  春が終わろうとしている朝の海は、もう夏の色を迎え始めている。  さざ波が聞こえるのは心が落ち着く。  いつも海がそばにある街に住んできたからだろうか。  または、子供のころから父と一緒に海辺で遊んでもらってきたからだろうか。  潮の香がする平屋住宅地の路地を歩き、乃愛は自宅までの帰路を辿る。
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