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幼馴染みの陽葵は父親を亡くしてしまったから、乃愛はまだ父が帰還した分、泣けなかったところもある。もちろん、大好きだった相馬パパが死んだなんて認められなくて、そこは陽葵と抱きあって泣いた。葬儀の時も、ふたりでずっと一緒にいて抱きあって、忙しそうにしている親たちを傍目に、二人でずっと一緒にいた。その後ろに、兄貴分の大河がいた。女の子ふたりを支えてくれる兄貴も一緒に泣いてくれた。
その後から始まった乃愛の娘としての晴れない気持ちは、幼馴染みは見抜いてはいるだろうが、乃愛は吐露できずにいる。父親が生還しただけマシだからだ。それだって口にはできない。『マシ』なんて決して言えない。陽葵だって絶対に言わない。
そんな『お父さんがダメになって情けない』なんて気もち……。おなじ気もちを持っている人がいて乃愛は驚いているし、心がふと軽くなった気がしたのだ。
乃愛の目の前がぼんやりと滲んできた。熱いなにかが込み上げてきたから。
ふっと下を向いたのだが、目の前の御園先輩がはっとした顔をして気がついてしまった。
「旧島のオーナーとも知り合いなんだけど、ここのマスターとも顔見知りなんだ。ちょっと挨拶してくるね」
また気が利く先輩がテーブル席から立ち上がり、スタッフが待機しているレジカウンターまで向かっていく。
乃愛はバッグからハンカチを取り出して、目元を拭った。
やばい。なんか先輩といると心を見透かされているようで、なんか怖い。
初めての感覚に乃愛は戸惑うしかなかった。
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