8.オタク貴公子

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「俺も父もまだ、美味しいに到達していないんだ。父のほうがいま時間があるから、あちらが先に極めそう。外で飲む珈琲は美味いっていうけど、さらにその上をいく『美味い』を手に入れたいね」  まさかの『生の豆』からの焙煎に挑戦していると聞いて、『御園父子のこだわり、恐るべし』と乃愛はおののいた。  前言撤回、ナチュラル貴公子じゃなくて、まさかの『オタク貴公子』だった。 「ほんとうにこだわりをお持ちなんですね! 生の豆から炒って作った珈琲なんて想像つかないです」 「ほんと? 今度、試してみる?」  え、これまたさらっと言い放ったなこの先輩と、乃愛はふたたび目を丸くした。  それって、また会うということ? 約束をしようということ? というか、いつもこうして人をさらっと誘って、広く浅く交流を広げているだけ? なにもかも躊躇いがなくてナチュラルすぎて、今日初めて真向かって会話ができるようになったばかりなので、乃愛は推し量れずにいる。  先輩がスマートフォンを手にしたので、やっぱり気軽に連絡交換かなとその仕草を見つめていた時だった。二人で食事をしているテーブルの通路側に、男性が立ち止まった。  黒いシャツに黒いスラックスというシャープな雰囲気を放つ金髪の男性だった。  だが御園先輩がその男性と目が合ってギョッとした顔をした。 「おや~、海人じゃねえかよ。珍しいな女の子連れなんて。しってんの、葉月さん」 「うわ、シド……」  あからさまに御園先輩が顔をしかめた。  女の子連れであるところを見られたくなかったのかなと、乃愛は感じてしまった。  そのニヒルな笑みを浮かべたブロンドのオジサマは、御園先輩を窓際へと押し込め、隣にさっと座り込んでしまった。 「今日はどうして彼女と一緒なのか、おじさん、知りてえなあ」  乃愛と向き合うと、綺麗なアクアマリンの目を輝かせるふてぶてしそうに笑う男性。彼もまた多くの人が知る隊員。シド=フランク大佐だった。
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