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乃愛が姿を現す時は、出航前だということをこの店長さんもわかってくれてるのだ。
レジ精算をして番号札を持ってテーブルで待つ。
そのうちに、カウンター奥からトレイを持った中年女性が出てきた。乃愛の母、優乃香だった。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
黒髪を後ろでひとつに束ねている母が、ファーストフード店のマークが入っているサンバイザーを被っている姿で、トレイを置いてくれた。
置いていた番号札を回収してくれる。
「いただきます」
「お客様が大好きだからと、店長がタルタルソースをひとつ多くつけてくれましたよ。無事に出航、帰港をと――。また行っちゃうのね」
「うん……。陸に上がれる非番はあと一回あるかないか。確実にあがれるのは今日が最後かも」
週休日はともかく、非番は業務から離れているとはいえ招集がかかればすぐに艦に戻れる状態でいられることを義務としている。
非番は必ず艦を下りられる日というわけでもない。出航前になにかやらねばならぬことを命令されたら、非番であっても艦の中に留まることもあり得ることだった。
そのため、前回の非番を終え乗船するときに、出港するための荷物はもう積み込んでいた。
「私の一人住まいの家。なにかあったらよろしくね、お母さん」
「わかったわ。湿気の多い季節になってきたから、空気の入れ換えをしておくわね。大事な靴には換気が必要だものね」
「ありがとう。詳しい予定は言えないけれど、今回はテスト航海だから、いつもの任務よりかは短期間だよ」
母には合鍵を渡している。留守の間に空気の入れ換えや様子見をしてくれることになっている。乃愛が留守の間に、父が車の手入れをしてくれることもよくある。
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