14.素敵、大好き

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 外の歩道を行く人々は、傘をさしていても肩に足下がずぶ濡れになっているのが目に見えてわかった。  南に住んでいると、スコールのような雨は日常茶飯事。それでもこの雨はかなりの降り方だった。  海の波も高くなってきた。今日はもうひとっ走りはやめて、真っ直ぐに自宅に戻ることにする。  明日、父に会いに行く時には雨が止んでいるといいなとふと思う……。  運転席の窓も雨の筋がいくつもしたたり落ちている。  その向こうには、制服姿で酒盛りに行こうと傘を差して歩いている軍人も見えた。  信号が青に変わり、乃愛はふたたび愛車のハンドルを握りなおし、アクセルを踏んだ。  土砂降りの道路でも、白い愛車は軽やかに発進をする。  繁華街を抜けて、うねる波をそばに感じる海岸線を走り出す。回転数を上げていくエンジン音、それを心地よく聞きながら、乃愛は雨の中でも走り抜ける。  父から譲ってもらった愛車――。 『海軍入隊記念の祝いだ。約束だったもんな。今日からは乃愛のものだ』  父が嬉しそうに譲ってくれた日を思い出す。  いつか手放さなくてはならないなら、大事に乗ってくれる若者に譲る。それまではぜってーに売らない。父はそう母に宣言していた。乃愛が小さな頃からだ。  父のお許しをもらえた『譲ってもいい若者』になれたことが、ほんとうに娘としても誇らしかった。  ハイダイビングだって、水泳が得意だった父が教えてくれた。マリンスポーツも万能のパパで、ハイスクールの時は父とよく海辺でサーフィンをした。  靴もそう――。父がプロポーズをする時、母が憧れていたハイブランドの靴と指輪を一緒に箱に入れて渡してくれたのだと、何度も聞かされたし、靴も何度も見せてもらった。
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