15.気高い男の言葉

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「お父さんの気持ち。つい先日の事件で、俺も身に染みたつもりだ。あそこで相棒を失っていたら、俺もいまは剣崎中佐とおなじ状態になっていたと思う……」  ハンドルを握って運転をしている乃愛だが、力が抜けていくような感覚を覚えた――。  そうだ、あれは戸塚中佐にとっても『相棒を殉職させたかもしれない瞬間だった』のだ。  そう思うと、あの時に飛行隊長として取り乱していた戸塚中佐の姿が鮮烈に蘇ってきた。  あのクインさんの姿は――。あの時の父とおなじ? あんな思いを? 勇ましい男たちが味わう苦渋を乃愛はいま体感している。  それでも激しい雨の中での運転だからと、乃愛はなんとか気を取り直す。 「君は、そんな気持ちを味わう人生になったかもしれない俺を救ってくれたも同然なんだ。ウィラード艦長からお父さんの話を聞いてそう思ったんだ。君はきっと『誰一人とも殉職させまい』という想いを抱いているのではないだろうか。あの勇敢さの根底にそんな気持ちが宿っているとあとで知ったよ」  そんな崇高な気持ちを常に抱いているわけでもなく、意識なんかしてない。でも、そうだ。『誰一人とも殉職させたくない』は本当の気持ちだ。  乃愛が心に抱いている気もち、そこに辿り着いてくれた人のようにも思えたのだ。もう泣きそうだったが、なんとか堪えてアクセルを踏んだ。  乃愛がひと言も発しなくなった様子も、戸塚中佐は察しているようで、始終麗しい面差しに優しい笑みを浮かべてくれている。 「妻は安定期に入ってきてね。お腹にいる子が『女の子』かもしれないとわかってきたんだ」 「そうなんですね! 上の子は男の子ですよね。今度は女の子! ますます楽しみですね」
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