15.気高い男の言葉

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 しんみりした空気を、戸塚中佐が『愛妻家自慢』で話題を変え、一蹴してくれたのだと乃愛は思っていた。だが違った――。 「娘が生まれると知ったら。君のお父さんの気持ちが、若輩ながらも通じた気もするんだ」  また父の話に戻って、乃愛はついにフロントへと向けていた視線を、助手席にいる美しすぎるオジサマへと向けていた。  雨に濡れた金髪が、よりいっそう濃い金色になって夜灯りに輝いている。翠色の綺麗な目が乃愛を見つめてくれている。 「お父さんはいまも君のことを一心に愛していることだろう。父親よりもいまは男としての気もちが優先しているかもしれない。でも、君のことは絶対に置き去りにしない。俺はそう思う。だからきっと君のお父さんも……同じはずだ」  戸塚中佐は気高いと誉れていると、大河から聞かされている。  だから『クイン』と名付けられたのだとも。  だが乃愛にとって、気高い思いを胸に抱く最高の男は『父』なのだ。  だからこそ。父ではない『気高いと呼ばれる男性の言葉』は、乃愛の胸に深く刺さった。  もうダメだった。一気に涙が溢れ出してきた。  土砂降りの雨の中にいれば誤魔化せただろうに。土砂降りの雨を凌いでいる車内では隠しようもない。 「え、少尉……?」  涙を流しつつ運転する乃愛に気がついた戸塚中佐が、おろおろと狼狽えていた。
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