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またもや『愛する妻と息子、お腹の赤ちゃん』の話ばかりを披露するクインさんを笑い飛ばして、マリーナ地区に到着。
ビジネスホテルの正面玄関に停車すると、やっと雨が小降りになってきていた。
それでも乃愛は傘を差して、戸塚中佐がトランクからスーツケースを取り出すところに付き添う。
傘を頭に傾けて、制服姿の中佐殿が濡れないようビジネスホテルのロビーに入るまで付き添った。
「ありがとう。感謝する」
「いいえ、お疲れ様でした。お話ができて良かったです。その……娘として、もやもやしたこと、少し軽くなったといいますか……」
綺麗なブロンドに緑の瞳をもつ美しさは目の前にすると顕著で、乃愛も背が高いオジサマから見つめられてさすがに頬を熱くした。
「俺の話が少しでも君のためになったのなら、恩返しになったのかと嬉しく思う」
「恩返しだなんて。大袈裟ですよ」
「帰還後、招待をするのは本気の話だ。妻の藍子にも伝えておく。旧島の家で家族と待っているよ。バイクも見に来たらいい。免許を持っているなら、乗ってみたらどうかな」
「ほ、ほんとですか!」
そちらのほうが嬉しそうな顔をするなんて――と中佐が笑った。
笑顔で手を振る中佐が受け付けフロントへと向かったので、そこで別れた。
乃愛も愛車に戻る。運転席のシートに身を沈め、また妙な興奮を噛みしめている……。
ひといき深呼吸をして、心を落ち着けてからエンジンをかける。
ステアリングを握りしめ、乃愛は雨上がりのアスファルトの匂いを感じながら前を見据える。
行こう。会いに行こう。父に。
今すぐだ――。
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まだ母は勤務中の時間だから、父は一人で留守番をしていることだろう。
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