参 花灯り 

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「こうや……」  毎年ここに来れば、いつのまにか香夜が側に立っていた。  どこから来たのか、誰も知らない。俺しか会ったことがない子。山に詳しいのに、この村に住んでいる様子もない。俺はそれを少しも不思議だとは思わなかった。  山を見上げると、空には黒雲が張り出している。いつ夕立がきてもおかしくない。暗い空の色が池の水にまで映っている気がした。そして、そんな自分の胸の中の不安が、どんどん増していく。  ……もしかして。  山上の見晴らしのいい場所が浮かぶ。いつもあそこから、二人で眼下に広がる光景を見た。  ……香夜は山の上にいるかもしれない。あそこに行けば、また会えるかも。  馬鹿げた妄想のような気がした。それでも、他に二人で過ごした場所がない。  ゴロゴロと雷の鳴る音が近くなる。すぐ真上の空は真っ黒で、じきに雨が降り出すだろう。こんな天気の時に山に入っていいわけがない。わかっていても、胸の中の不安はどんどん大きくなる。俺はふらふらと裏山の入り口に向かった。  人の立ち入らない山は、草がぼうぼうに生えている。山肌には細い道があったはずなのに、自分一人では少しも見つけられない。   この先に、香夜が……。  右手で額の汗を拭うと、手首の痣は益々薄くなっていた。言いようのない不安が心に押し寄せる。俺は奥歯を噛み締めて、裏山を駆け上がった。  今までは必ず、香夜が先に立って歩いてくれた。木が行く手を塞いで通れそうにない場所は、すぐに手を差し出してくれた。  俺はスニーカーで草を踏みしめながら、気が付いたら左手で右手の痣を握っていた。 「……香夜のところに行きたいんだ」  ――こうや、こうや、香夜。  絞り出すように名を呼べば、辺りを薙ぎ払うように強い風が吹く。一瞬瞑った瞼を開けると、目の前に何かが光って見えた。  山肌に生い茂る草の上に、白く薄く細長い花びらがあった。風に飛ばされてきたのだろうか。辺りが暗くなった中で、そこだけが明るく輝いている。まるで自ら発光しているように。  拾った花びらからは、ふわりと香夜の(まと)う甘い香りがした。  
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