来客

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来客

何度目かのノックに、寝惚けた頭を掻きながらソファから体を起こし玄関へ向かう。 窓から差し込む光にうっすらと混じったオレンジ色に時刻は夕方だと思われる。 新築の建造物が建てられない地域柄古い木造の扉は軋んだ音と共に夏の乾いた風を招き入れた。 ドアノブに右手を添えたまま、左手を腰に回す。ウエストからはみ出すグリップに手を掛けながら隙間から外を覗き見るとノックをしていたであろう右手を宙に上げたままぴたりと動きを止めた小柄な少女が立っていた。 ベレー帽から二つに結われた赤毛にチェック柄のワンピース、白い長袖のブラウスにレース柄のタイツは夏だというのにやけに暑苦しく思える。 一目に学生を思わせる服装に不思議に思いながらも少女が言葉を発するのを待った。 「あ、あの」 猫背でオドオドとしながらこちらを見上げる少女の目元には大きな丸形のレンズ、その奥には翡翠色の瞳が今にも泣き出しそうに揺れた。 低い鼻の辺りにはそばかすがあり、暑さのせいか頬がほんのりと赤い。 仕事柄警戒を強めていたがひとまずゆっくりと隙間を広げ顔を出すと少女は今にも抱きつかん勢いで感極まり叫んだ。 「やっと会えた!お兄さん!」 「...人違いだ」 さらりと言って扉を閉めようとしたものの、少女は慌ててそれを制した。 「え?え?まっ、待って?!」 扉を掴んで放そうとしない少女はよくよく見ればずぶ濡れで、しかも靴を履いていない。 イントネーションもぎこちなく、この国出身ではないのかもしれない。 「あの、駅に迎えに来てくれるって!私待ってたの、でもなかなか兄さんが来てくれないから、あの!」 「...。」 なるほど、この少女はここの住人の妹らしい。しかし、俺には妹はいない。 つまり、前の住人。 先月ここに住むために俺が殺したあの青年の家族なのだろう。 「死んだよ」 必死に扉にしがみつく彼女に淡々と告げると 少女はぴたりと動きを止めた。 「...え?」 「前に住んでたやつなら先月死んだ。 だったらしい。」 嘘をつくのは日常茶飯事だ。 大きく開いた翡翠の瞳は感情の見えない男の顔をこれでもかとよく写している。 「だから、お前の兄さんはもういない。 わかったら帰ってくれ。」 「...そんな」 石段の上に雨音のような少女の呟きが落ちる。忘れていたが彼女は裸足だ。 石は夕方とはいえ夏の日差しで暑いだろう。 「悪いが、いないもんはいない」 最後に一言そう告げて扉を閉めた。 ショックで力が入らなかったのかしがみついていた細い指はすぐに外れた。 扉をロックして大きく欠伸をする。 もう一眠りしようとソファのあるリビングまで戻ると壁際に置かれた写真立てに目が止まった。 この家の家具は全て前の持ち主の物だ。 だから、中に入った幼女の写真もその手前に開かれたまま置き去りにされた手紙も彼の物だ。 「...」 つい手紙を手に取り、今まで目を通さなかった内容を把握する。 生き別れになっていた妹が兄の居場所を突き止め今日会いに来るというもの。 手紙の横には小さく可愛らしいプレゼントボックスが置いてある事から兄も妹に会うのは楽しみだったのだろう。 すっかり目が冴えてしまって珈琲を淹れにキッチンへと向かう。 ついでに、乱雑に置かれた今朝買ったままだった紙袋の中からパンを一つ鷲掴むと食いちぎる。 固くなっていたパンに八つ当たりするように咀嚼すると今度は半分に割った。 その中に入っていた黒いプラスチックのケースを開ける。 中には頼んでおいた情報を記した書類と写真が三枚入っていた。 じっくりと書類を眺め、写真の顔を一目見て脳に焼き付けるとそれらを燃やした。 まだ熱い珈琲を飲みながら腰から取り出した拳銃の手入れをする。丁寧に部品を取り外し掃除をしては弾を込め、予備にもう一つの拳銃とナイフの手入れをしてはホルダーにしまい服を着替えた。
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