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愛溢れる初めての旅行■4
絵画を一枚一枚見ていたら、とても綺麗な肖像画があってそこで立ち止まった。
繊細なタッチで陰影が描かれ、端正な顔立ちが作り込まれていた。
肖像画を堪能して次の絵に移ろうと隣を見たら、一緒に歩いていたはずの将朔さんが居なかった。
慌てて周囲を探すけど、どこにもいない。
どうしよう。将朔さん先に行ってしまったのかな。
名前を呼ぶことも連絡することも出来ずにゆっくりその場から離れた。薄暗い灯りの中、はっきり顔の輪郭が見えず途方に暮れるしか無かった。先程までの愉悦感は一気になくなり、哀感に襲われる。
絵画に目を向けている余裕もなく、絵画エリアの出口を目指した。
やがて眩しい光が差し込んで、開けた場所に出た。その瞬間グイッと腕を掴まれて、柱の影に引き込まれた。
「将朔さん?」
名前を呼んで腕の主を見るため振り向くが、そこには知らない男が立っていて背中から抱き込まれた。
「一人で美術館に来たのか」
「2人で来ました」
「友達?」
「恋人です」
男は耳元に顔を寄せて低音で囁いてくる。怖くて身を縮こませた。なるべく身を小さくして目を閉じ、心で何度も将朔さんを呼んだ。
「おい。そこで何をしている。痴漢は立派な犯罪だ」
聞き覚えのある声に目を開けると目の前に将朔さんが立っていた。
「将朔さん!」
一気に体が震えた。怖かった。
将朔さんが男の腕を掴み引き剥がした。強い力で抱きしめられる。
「目を離してすまなかった。何かされたか?」
「大丈夫。何もされてません。離れてごめんなさい」
しっかり抱きしめられた腕を強く握って不安を消し去った。胸に鼻を押し当てて将朔さんの匂いを吸い込んだ。
「少し休憩しよう」
「はい。今はこのままでいてください」
怖い思いをしたけれど、ちゃんと将朔さんが助けてくれた。こうしてまた一緒に居られる幸せを噛み締める。
しばらく抱きしめられて居たが、柱の影からカウチに移動して二人で休憩することにした。
「芳乃。心配したよ。気づいたら側から居なくて」
「僕も途中で居ないことに気づいて怖かったです」
優しい将朔さんの手が僕の手を取り指を絡められた。初めての恋人繋ぎにドキっと心音が高鳴る。恥ずかしいけど嬉しい。
「この後は手を繋いで見て回ろう。決して離さない」
「はい。離さないでくださいね。急に居なくなるのは嫌です」
「わかった。トイレが大丈夫ならそろそろ行こうか」
「次は彫刻エリアですね。行きましょう」
離れていたら怖かったのに側で将朔さんの体温を感じられたら、安心で頬が緩む。
僕はちゃんと将朔さんが好き。大好きなんだとわかる。安心な場所は彼の側しかない。
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