兄弟

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 夏休み前の終業式。学生らはゾロゾロと体育館へと向かう。 「女来るなら行かねえけど」  知覧の声が聞こえ、落合達也は耳をダンボにした。四人組が目に入る。 「女子大のおねーさんだぜ? 良いじゃねえかよお」 「那月はしまんちゅと遊びたいんだよな?」 「そーそ、女の子は現地調達っしょ」  沖縄にでも行くのだろうか。 「そういうんじゃねえよ。女がいると遊びも変わってくるし、予定だって狂うだろ。俺はフツーに旅行したいんだよ」 「とか言って、溜まってんじゃねえのおお?」  大柄な男が知覧の股間をギュッと掴んだ。 「やめッ……ろ!」  あれ、今の声……なんか。 「おうっと」 「わっ」  知覧が大柄な男を肘で突き、大柄な男があっくんにぶつかった。小柄なあっくんは通路から弾き出されるようにして地面に倒れ、大柄な男は詫びも入れずに去っていく。 「あっくん!」 「くそが」  あっくんが珍しく毒吐き、自力で立ち上がる。そしてそのまま通路に戻らず、あっくんは駐輪場の方へ走って行った。 「ほっとけ」  追いかけようとしたら、ぐっさんに腕を掴まれた。 「あっくん、公務員試験の勉強で夏休みどこも行かないっつってんだ。そんで知覧は三河工業に内定もらって旅行だろ。俺だったらたまんねえよ。あいつ素行も悪いし、成績だって本当は基準値届いてねえんだ」 「……どういうことだよ?」  ぐっさんは「来いっ」と体育館裏に達也を引っ張った。 「あいつ、カシヤンに贔屓されてんだ」  カシヤン、とは学年主任だ。 「カシヤン、元ヤンだから不良に甘いんだよ。それと知覧って片親だろ」 「それは知らねえけど」 「出来の悪い息子を優良企業に就職させて、シングルマザーにラクさせてやろうって計らいだよ。そんで、あっくんの枠がなくなっちまったんだ」 「そんな……」 「俺も聞いた時はひどいと思ったさ。でも俺、佐野モーターに内定決まってるから、その話題出さないようにしてんだ。俺の立場でぐちぐち言うのって、なんか嫌味な感じだろ」  ぐっさんは達也の肩をポンと叩いた。 「ま、そういうわけだ。今度あっくんの就職祈願に行こうぜ」  こくりと頷き、二人で通路に戻る。移動のピークは過ぎて、通路には数人の学生がポツポツといるだけだ。  体育館入り口には、靴箱に入り切らなかったローファーが乱雑に置かれている。 「あ……」  達也の視線は、中敷の赤いローファーに縫い止められた。 「ター坊は良いよな、中敷が赤いとすぐ見つかって」  ぐっさんが言いながら靴を脱ぐ。茶色の中敷には「山口」とマジックペンで名前が記されている。他の靴もそうだ。  中敷の赤いローファーには名前がない。その周りには、「神田」「須藤」「鮎川」  ドキリとした。知覧と一緒にいた連中だ。なのに知覧の名前がない。ドキドキしながら手を伸ばす。 「ター坊、何してんだよ」  側面にはあの日、達也が付けた小さなバツ印が……あった。 「始まるぞ」 「あ、う、うん」  はは、まさか。唇が歪な笑みを作る。  違う、絶対違う。全力で否定するのは、彼に憧れてしまったからだ。  知覧の筈がない。ブワッと汗が噴き出した。違う違うッ! 一緒に歩いていたからって、同じ場所で靴を脱ぐとは限らない。彼は離れたところで靴を脱いだのだ。達也はそう自分を納得させた。
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