兄弟

13/14
前へ
/39ページ
次へ
 家に入った途端、安形に抱きしめられた。ここへ来るまでの道中、彼は盛った肉食獣のような目でこちらをチラチラ見ていたから、相当溜め込んでいるのだろうとは思ったが、まさかここまでとは。  知覧那月は唇を吸われながら、どんな酷い目に遭うだろうかと憂鬱になった。安形は硬くなったものを、早く入れたい、という風に腰に擦り付けてくる。  兄の春人からは「四人の彼女がいた」と聞いている。いっそ童貞の方が良かった。女と同じ要領で抱かれるなんて恐怖でしかない。入念に慣らしてきても、興奮する安形に恐怖が膨らんでいく。 「んっ……」  差し込まれた舌が口内を蠢く。呼吸が追いつかない。唇が離れると、水中から上がったように大きく息を吸い込んだ。安形が「かわいい」と見下ろしてくる。まだ酸素が足りないのに、またちゅっと唇を食われた。やりたくてたまらないくせに、どうしてこんなことをするのだろう。同じだけ唇を重ねているはずなのに、安形は平気そうだ。  性器を触っているわけでもないのに、頭が蕩けていくような心地がした。感じている……のだろうか。身体の力が抜けていく。 「あっ……はっ……」  唾液が糸を引き、唇が離れた。あやすように頭を撫でられ、それすらも心地よく感じてしまう。よろけた身体を支えられ、「がっついてすみません」と額にキスを落とされる。挿入されたわけではないから、「がっついて」というのがピンとこない。  勉強机、二段ベッドの片割れ。安形の部屋は子供部屋の延長という感じで、隣の春人の部屋とは全然違う。本棚には漫画や小説がびっしりと詰め込まれている。春人とは趣味が違うらしい。 「漫画とか小説とかって読みます?」 「漫画はあまり」  春人は漫画を好まない。だから読もうと思わない。春人の棚にある小説は全て読んだ。けれど純文学とよばれるものは難しくて、「読みました」と言えた試しがない。突っ込んだ話をされて、馬鹿だと見抜かれるのが怖いのだ。 「小説は読むんですね?」 「……まあ」 「へえ! どんなものを?」  タイトルも作家名もパッと出てこなくて、「いろいろ」と答えた。それ以上突っ込まれたくなくて、「しようぜ」と安形をベッドへ押し倒す。自分がリードした方が、身体への負担が少なく済む。 「待って!」 「は?」  安形は那月を押し退けベッドを下りると、机の引き出しからローションとスキンを持って戻ってきた。驚いて、きょとんとしてしまう。 「なんだよ……それ」 「男同士では必要だって見たんで」 「見たって……わざわざ調べたのか?」  安形は「当然でしょ」と笑って那月を組み敷いた。手を絡ませ、キスしてくる。舌先で口内を撫で回されているだけなのに、身体がひくひくと反応してしまう。……これは酸素が足りないせいだ。 「んはッ……」  余裕そうな安形を恨めしく思った。胸を押し、「も、キスすんなッ」と止める。 「いや?」 「いやって、いうか……苦しいんだよ。お前……なに? 三分とか平気で……水ん中潜ってられんのか?」  伝わらなかったのか、安形はきょとんとしている。そしてまた唇を重ねてきた。なんなのだこいつは。 「んッ!」  荒々しく唇を吸い上げ、舌を突いてくる。苦しいって言ってるのに、強引なところがやっぱり兄弟だ。クラクラしてきた。 「はあッ……お前ッ、なんなんだよッ……苦しいっつっただろッ!」  さすがにムカついて、息を弾ませながら言うと、安形は目を細め、ギュッと抱きついてきた。理解不能すぎて戸惑う。だいたい、やりたいオーラ全開でキスとか何? ビンビンに勃起させて、なにもったいぶったことしてんだよ。 「すげえ可愛いんだけど」  感に堪えないというふうに安形が言う。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「鼻呼吸もやめたら苦しいに決まってるでしょ。今までずっとそうしてきたんですか?」  カッと頭の芯まで熱くなった。しつこい男はキスを再開する。鼻で呼吸すると、当然だがさっきより楽になった。それが余計に恥ずかしい。キスなんてしたことないから、知らなかった。リードするつもりでいたのに最悪だ。 「上手」  甘い声に囁かれ、腰が震えた。  開襟シャツのボタンをはずされ、胸元がはだける。安形は那月の裸身を見ると小さく息を飲んだ。やっぱり男は無理か。これ以上先へ進まないと思ったらホッとした。 「綺麗な身体してんな」  安形が呟き、那月はギョッとした。ジロジロ見られて恥ずかしい。女とも付き合える奴が、なに男の身体に見惚れてんだよ。  チュッ、チュッと、安形はキスを降らせながら下へいく。乳首を舌先で転がされ、くすぐったくて身をよじった。 「んな……とこッ……やっ、めッ」   唇と舌だけの弱い刺激なのに、身体の深いところが官能を帯びていく。 「あっ……やッ……」  唇で軽く咥えられ、吸い上げられる。いつも、もっと痛いことをされているのに、こっちの方がずっと辛い。安形の頭を剥がそうと手を伸ばすが、ぺろっと舐められるとたちまち快感に支配され、力が抜けてしまう。 「はッ、ん……あぁっ」  片方を指で弾かれ、のけぞった。突き出したペニスを軽く握られる。 「あ、あぁっ……やっ……んっ」  達さないよう、ゆるくペニスを扱かれながら、乳首を丹念に愛撫され、声も身体もぐしゃぐしゃに蕩けた。達したわけでもないのに気だるい。弛緩した両足をパカっと開かれる。  ぼうっとしていて、「ほぐしてきた」ことを伝え忘れた。  安形がローションを手に取り、思い出す。 「いい……もう、はいる」 「え?」 「だからッ……も、はいるからッ」  安形は聞かず、濡らした指をつぷりと入れた。 「自分でほぐしてきたんですか?」  言葉にされると恥ずかしい。顔を枕にそむけ、返事を拒絶する。安形の指がほぐれた場所を優しく擦り上げ、腰が勝手に揺れてしまう。 「もッ……いいっ……んッ」 「俺のために準備してきたんですか?」  自惚れんなバカッ! 下手くそに怪我させられないための自衛だッ!  キッと赤い目で睨みつけるが、安形は嬉しそうに目尻を下げた。 「指増やしますね。キツかったら言ってください」  言わなくて良いことまで言ってくる。 「キツいっつったら、やめんの?」  なんとか薄笑いを浮かべ、言い返した。 「はい、無理はさせたくないから」 「……あっそ」  指が入ってくる。焦らすようなゆっくりとした動き。これは準備で、感じさせようと責めているわけではない……のに、さざなみのような快感に奥が疼く。 「柔らかくはなってきたけど」 「あっ……ひろげ、ん……なッ」 「キツい? やめましょうか?」 「んッ……やっ……」 「俺の入れて大丈夫かな。まだ全然狭い」 「う、んッ……あ、くッ……」  何度もローションを注ぎ足され、気づいたら「早く入れてくれ」と泣きながら懇願していた。好きなやつでもないのに、散々焦らされたせいか、入れられると妙な感動を覚えた。 「すごい……気持ちいい」  見下ろしながら、「知覧さんは?」と聞いてくる。 「まだ苦しいか」  那月の頭をそろりと撫で、愛しむような目を向けてくる。全身で「愛している」を伝えてくる男に戸惑う。 「お前……うざい」 「うざい?」  安形は微笑を浮かべたまま、那月の顔に張り付いた髪の毛を丁寧に退けていく。 「そんな……目、で……みんなッ」 「どんな目?」 「……好き……みたいな」 「いや?」 「うざい」 「いやってこと?」  安形は会話を楽しんでいるように見えた。顔をそむけようとすれば、「こっち向いて」と戻される。 「俺は好きって伝えたいですよ」    ジワっと涙が溢れた。能天気な男が憎らしい。好意を伝えることが相手の負担になるとか、自分の弱みを握らせることになるとか、こいつはそういうの何も考えてない。 「知覧さん?」  頬にこぼれたものを拭われる。むかつく。お前さえいなければ、春人さんは俺を見てくれるかもしれないのに。 「痛い? やめる?」 「んッ……あッ」  腰を引こうとした男にしがみつき、引き留める。 「……バカじゃねえのッ」 「でも」 「いいからッ……動けよッ!」  生殺しにすんな! 「ひ、あっ」  みっちりと隙間なく埋まったものがずるりと引かれ、やばい、と思った時には遅かった。  指で散々慣らされたそこは、強い衝撃ならなんでも良かった。背中がしなり、安形の腹に擦り付けるようにして、白濁したものをまき散らす。死ぬほど恥ずかしい。 「あ、……ぁ……」  情けなくて、赤い顔を見せまいと枕を向く。 「見せて」  顎を掴まれ、戻される。 「みん……なっ」 「見せろって」  ずちゅん、と奥まで届く。官能に翻弄され、ひくつく身体を、安形はゆっくりと追い立てていく。苦しいのに、頭の中がドロドロに溶けていくような心地よさを感じた。射精したばかりのそこから、期待の蜜が溢れてくる。 「あッ、あぁっ……ん、くっ」 「かわいい」  ちゅっと唇を重ねてくる。舌先を絡め取られ、唇ごと吸い上げられた。上手く呼吸ができず、頭がぼうっとしてくる。でもそれすらも心地がいい。 「鼻で呼吸しないと」  クスッと安形は嬉しそうに笑う。どこか遠い気持ちでそれを眺めていると、ふいにその微笑がぎこちなく歪んだ。 「すみません、もう我慢できない。動きますよ」  ゆるい動きが次第に激しく、荒々しくなる。 「はっ、んあっ……あ、ぁっ…ん、ああっ……」  ぐちゅん、ずちゅん、ローションが聞くに耐えない卑猥な音を立て、耳まで犯されているような気分になる。快感が臨界点を超え、射精を伴わずに達し、身体の深いところがゾクゾクと震えた。 「あ、あっ……ん、ああっ」  痛みもなく、気持ちいばかりが蓄積されていく。また超える。那月は自ら太ももをつねった。「痛みに悦ぶ淫乱」と春人に教え込まれたのに、痛みもなく達してしまう自分に不信感を覚えた。 「いく……ッ」 「んぁっ、あ……あッ」  爪を太ももに食い込ませるが、力が入らない。ぐずぐずに蕩けたその中で、安形のものが跳ねている。その刺激すらも粘膜は快感を見つけ、収斂する。 「はあ、きもちいい」  安形は熱い吐息を漏らした。 「痛くないですか?」  濡れた唇はだらしなく開いたまま、那月は不思議なものでも見るような目で安形を見つめる。快感の余韻で、ろくに頭が働かない。とんでもないことをしてしまった、とだけ理解した。やるんじゃなかった、と後悔した。 「知覧さん?」  頭を撫でてくる。 「すみません、痛いですよね。ちょっと待ってて」 「んッ……」  繋がりが解け、汗ばんだ身体が離れていく。痛くないのに、安形は中を傷つけたのだと勘違いしたのか、軟膏みたいなものを塗っていく。濡れたタオルで身体を拭われ、さすがに「やめろ」と拒絶した。  だるい身体を起こし、気まずさを誤魔化すように後ろ髪をかく。 「病人じゃねえんだから……」 「身体、すごく熱かったから」 「……うるせえよ」  脱いだものをかき集め、シャツから羽織る。安形の視線が鬱陶しい。 「ジロジロ見んな」  気持ちが逆立っている。何かが弾けてしまいそうで、それを食い止めようとするかのように。急かされているわけでもないのに焦って、ボタンが上手くかけられない。 「気が散る……から、こっち見んな」 「ボタン、ズレてますよ」  言われた瞬間、涙がほろりとこぼれた。 「あ……」  違う、見んな。ボロボロと溢れて、手の甲で忙しなく拭う。 「くそっ……んだよ……」  だしぬけに抱擁され、身動きが取れない。 「離せっ……暑苦しいッ」 「いや?」  いちいちこっちの気持ちを聞いてくんな! 「お前……ほんとう」  唇を塞がれ、舌先で粘膜をねぶられる。さっきと打って変わって乱暴に、喉の奥まで舌先を突き入れてくる。 「んッ……ぅっ、んんッ」  酸素の補給が間に合わず、視界がぼやけてきた。助けを乞うように安形の背中に手を回し、叩く。 「ッ……ん、ふはっ……ぁ……」 「那月さん」  色気のある瞳に見つめられ、下の名前を呼ばれた瞬間、罪悪感がドッと膨れ上がった。 「俺のこと下の名前で呼んで」  唇がワナワナと震えた。一ヶ月前に……こいつに会う前に戻りたい。 「呼んでよ」  身をよじって安形の腕から逃れ、下着、ズボンを履く。シャツのボタンはかけ間違えたまま、那月は部屋を出ようと襖へ向かう。 「待って!」  掴まれた腕が痛い。この力を、セックス中は抑えていたのだと思うと切なくなった。頼んでもないのに、優しくされたのだ。 「俺ら、両思いなんですよね?」  安形の声にも焦りが見えた。 「……離せよ」 「俺、てっきり那月さんも俺のこと好きだって……好き同士だと思ってたんですけど違った?」  不安げな表情に、胸がギュッと締め付けられた。 「痛かったんなら、すみません。俺……興奮して、抑えられなかった。那月さんの中……すごく良くて」  ボッと頭が沸騰した。 「んなこと……言うんじゃねえよ」 「那月さん、初めてじゃないですよね? 俺、初めてだから……色々間違ってたかもしれない。調べたけど所詮ネットだし……那月さん、最初リードしようとしてましたよね? 準備もしてきてくれたのに」 「それ以上言うんじゃねえよッ!」  毛を逆立て、猫が威嚇するように声を荒げた。安形は口を引き結び、じゃあどうして? という目を向けてくる。「好き」をその目に宿しながら。  真剣な目つき。ジリジリと身体が炙られていくようだ。 「……痛くは、なかった。ただやっぱ、お前のことは好きじゃない」  無視されたのかと思うほど長い沈黙の後、安形は言った。 「じゃあ、これから、好きになってもらえるように頑張りますね」 「……っ」  耐えきれず、腕を振り払い、逃げるように部屋を出た。急いで玄関へと向かう。まともに靴を履かないで、不恰好な姿勢で家を出る。「送ってきます」と言われたが、「同級生に見られたくないから」と断った。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加