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那月へ送るラインを考えていたら、「今出ました。駅南のドトールで待ってます」と彼からラインが届いて、安形智史は眉根を寄せた。
どういう意味だろう。トーク画面を開いたら、もうそのメッセージは消えていた。誤爆……。嫌な予感がした。
「誰かと約束してるんですか?」
送信し、速攻家を出た。平坦な住宅街。3軒先に那月の姿はあった。追いかける。足音に気づいた彼はギョッと振り返った。やっちまった、という表情。立ち尽くす彼の腕を掴み、グイグイと自宅へと引っ張る。
「離せっ、って……」
「予定があるなんて聞いてませんよ」
「離せっ! 痛い、からッ!」
構わず家に連れ込み、部屋まで待てずに玄関で壁に追いやった。
「誰と会うんですか?」
揺らいだ目はこちらを見ようとしない。
「恋人?」
知覧は激しく瞬きした。
「『今出ました』って何ですか? どういう予定? 俺なんも聞いてませんよ。那月さん、何時に帰りたいとか言わなかったよね? 遅くなっても良かったの? 相手の人にはなんて伝えてたんですか?」
「……帰る」
「待てって」
行手を阻むように壁に手をつく。
「俺、怒ってますよ。那月さんがどういうつもりなのか全然わからない。さっきのセックスは何? なんで好きでもない俺と寝るの? それで……なんでそのまま恋人に会いに行くの? もしかしてそういう性癖だったりします?」
言った瞬間、ゾクゾクした。まさか、という思いで那月を見やる。
「……そう、俺、変態だから」
彼は震える声で自白した。
「違うだろ」
思わず低い声が出た。怒りで頭の芯が痛い。
「相手に付き合わされてんのは那月さんだろ」
おかしいと思ったのだ。事前に後ろを慣らして来て、ノリノリかと思えば最中は辛そうで、挙句に泣き出す。
「いるんだな。恋人寝取られるのが好きな奴って」
乾いた声が出た。汗で形が崩れた知覧の髪を撫でつける。彼はビクッと身体を竦めた。顔色がない。
一人で盛り上がってバカみたいだ。那月は恋人の特殊プレイに付き合わされていただけ。
「……そりゃ嫌に決まってるよな」
強張る頬に指を滑らせ、震える唇の輪郭をなどる。彼の、ぎこちないキスを思い出す。そんなわけはないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。
「その人とは、あまりキスはしない?」
瞬きした。長いまつ毛の下で瞳が泳ぐ。
「ねえ」
指で唇をこじ開け、舌先をつまんだ。だらしない顔で見上げてくる。身長は変わらないが、那月は腰が引けていて、今は低い位置にいる。肩を一押しすれば簡単に崩れ落ちるだろう。
「ぁっ……」
指を引き抜き、両肩を押さえつけた。ガクッと彼の身体が崩れ、座り込む。
肩を押さえつけたまま、唇を重ねた。舌を絡め取り、唾液ごと吸い上げる。角度を変えて何度も同じことをした。唇がわずかに離れるたび、彼は酸素を取り込もうと必死に息を吸う。愛らしく思うと同時に、仄暗い疑念が胸に湧く。
「下手くそ」
上気した顔が強張った。
「その人、キスしないんだろ」
切長の瞳がカッ開く。
「その人は本当に恋人なんですか?」
ラインが敬語だったから、てっきり年上の恋人かと思ったが、弱みを握られ、従っているだけかもしれない。だったら助けたい。
「教えてください。弱みでも握られてるんですか? 言ってくれないと力になれない」
「あ……おれ、かえるから」
「行かせない。その人に会いに行くんでしょ。絶対行かせないから」
玄関越し、エンジン音が聞こえた。兄が帰って来たのだ。
「部屋、戻りましょう」
抱っこするように立ち上がらせた。
「おれ……行かないと」
那月は靴を脱ごうとしない。ウジウジしている間にガラッと玄関扉が開き、兄が現れた。男同士にしては湿った空気、近すぎる距離感にも兄は無反応。ポーカーフェイスで那月を見やる。
那月は開襟シャツの胸元をギュッと握りしめ、まるで、しつこいナンパに遭遇して困り果てた少女のように俯いている。ボタンのかけ間違いがあらぬ想像を掻き立てたのか、「知覧くん、送って行こうか」と、兄が申し出る。
「いいよ兄さん」
「お願い、します」
那月が兄の元へ行く。これでは本当に自分が悪者みたいだ。
「那月さんッ、またラインするからッ……」
兄の前でぐだぐだ引き止めるわけにもいかず、それだけ言った。那月がこくりと頷き、智史は少しだけホッとする。
「兄さん、家まで送ってあげて。具合悪いみたいだから」
兄は冷めた目を向けるだけだった。「行こう」と那月の背中をトンと押す。それを見た瞬間、カッと腹の底が燻った。恐ろしい反応だ。服越しに兄が触れた、その程度のことに嫉妬してしまったのだ。もっと……彼はもっと深いところを触られているのに。
胸が悪くなり、智史はその場にしゃがみ込んだ。エンジン音が聞こえ、泣きたくなった。那月を好きになった。体を重ねて、手に入れた気になった。舞い込んできたのも一瞬なら失うのも一瞬だ。兄には「家まで」と伝えたが、駅で下ろされたらどうしよう。いや、今日会わなくたって、近いうちに那月はその男と必ず会う。関係を断ち切らせるしかない。
……思考を巡らせ、けれど那月本人の口からは、何も聞き出していないという致命的な事実に思い至った。彼の気持ちは、どこにある?
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