同級生

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同級生

 接待パーティーが開かれる。会場となるのはコンクリート造りの洒落た別荘だ。すぐ目の前に海があるのに温水プール付き。落合達也は朝から大忙しだ。テーブルをセッティングし、安物のエアーポンプで浮き輪を膨らませていく。 「ター坊、どうだい」  ヴィトンの海水パンツをはいた兄がやってくる。露骨なモノグラム柄だ。 「どうって、デカすぎるよ」  達也が膨らましているのは雲に虹が掛かった巨大浮き輪だ。他にもアヒル、ユニコーンが待機している。 「何言ってんだ。おっぱいとちんぽこはデカけりゃデカい方が良いんだろうがよッ!」  背中をバシッと叩かれる。どうもこちらの不満は伝わらなかったらしい。 「にいちゃんも手伝ってくれよ」 「俺は成功者を迎えに行かなきゃなんねえから無理だ。ター坊、もうちっとペース上げてくれ。十八時にショータイムだ。ちゃっちゃとこれ片付けて、女の子に変身してこい」 「本当に女装しないとダメ? 俺、ブスだぜ?」 「どうしたター坊、そんな卑屈なこと言ってえ」  両肩を揉みほぐされる。 「街コンで散々な目に遭ったからね。もう懲り懲りだぜ、あんな思いすんの」  とか言って、ちゃっかり新しい服を持ってきた。知覧のバイト先に行く前に、慣らしたいのだ。あれから化粧も練習した。 「心配ナッシングだ。今宵のお客様はラグジュアリーな極上リッチ。街コンに参加するような仮性包茎野郎とは魂のレベルが違う」 「どうだか」  兄の「リッチ」は信用できない。豪遊生活をひけらかすことがビジネスのような連中だ。  兄が去り、達也は作業を再開する。なんとか十八時前に終わらせ、部屋に戻って女装した。入念に肌を整える。目指すはアジアンビューティーだ。  接待要員として集められたのは、兄が「水商売スカウト」で繋がりを持つ18歳から22歳までの女の子、十五人。彼女らの日給は二万から七万だ。ビキニの子もいれば露出度の高い私服の子もいる。達也はこの前買ったTシャツにショートパンツ。脚はいっそ出してしまった方が女の子らしいと気付いたのだ。 「あんたフウ?」  十八時、プールでキャッキャと遊ぶ女の子たちの輪に入って行けず、椰子の木の陰でオレンジジュースを飲んでいると、黒髪の女の子が話しかけてきた。ショートボブで童顔、黒目がちの目が可愛らしい。 「フウ?」  聞き返すと鼻で笑われた。あ、見下されている、と思った。達也はリビングの大きな窓を見る。反射した自分の姿は、街コンの時よりは悪くない……と思うのだが。 「風俗嬢」  女の子は嘲りをたっぷりと瞳に含ませ、言った。 「違ったらごめん。それっぽかったから」  カッと顔が熱くなった。言い返す言葉が見つからず、フイっと顔を背けてオレンジジュースを飲む。 「喉仏?」 「ブッ」  えずいた達也を、女の子が不思議そうな目でジロジロと見る。 「え、男?」  ブワッと汗が噴き出した。喉が張り出していることを、すっかり忘れていた。手で男の証拠を覆い隠し、どうしようかと焦っていると、 「ちょっと待ってて」  女の子が屋内へ駆けて行った。スカーフを手に戻ってくる。 「これ、巻きなよ」 「え……」 「後ろ向いて」  達也が後ろを向くより先に、女の子は達也の背後に回り込んだ。手際よくスカーフを巻き付ける。さっきはあんなに厭な感じだったのに、どういう心境の変化だろう。 「むかつく顔してるなって思ったけど、男ならギリ許せるかな」 「なんだよそれ」  カチンときた。女としてのクオリティが低いと言いたいのか。 「だって普通に男顔じゃん。こいつと同じ日給だって思ったら嫌味の一つでも言いたくなるよ」  日給は女の子の容姿レベルによって変動する。明らかにランクの低い女の子と同じ金額では不満が出るから、美人はそれなりの高待遇だ。それを知らないということは、彼女は最低保証の二万でここにいるのだろう。 「俺、ただの人数合わせだから無給だよ」 「ふふ、そっか。そうだよね」  日に焼けた三十代前後の男たちが、ゾロゾロと屋外へやってきた。LDHとAK69で育ってきたようなワル系だ。 「ああ? おブスちゃんが紛れてんぜ」  ダミ声が言った。こちらを一瞥し、男たちはテーブルへと向かう。 「しゅうやんよォ、俺は量より質だぜえ?」  ダミ声の男は言いながら、オードブルを皿に取っていく。しゅうやん、と呼ばれた兄は慌ててグラスにワインを注ぐ。 「おブスちゃんは帰ってくれねえかなあ?」  茶髪の男が言った。プールで遊ぶ女の子たちが互いの顔を見合う。達也は平衡感覚がなくなっていくのを感じた。 「名指ししねえと分かんねえのか」  ダミ声がツバキを飛ばして言う。こちらを見ずとも、達也は自分に向けられた言葉だと理解した。ジワっと目頭が熱くなる。 「か・え・れ」  茶髪が腰を低くし、手を叩いてリズムを取りながら、プールの方へ行く。 「か・え・れ」  プールの女の子たちに手で合図し、コールを促す。女の子たちも茶髪に合わせ、「か・え・れ」と唄った。高い声が加わると一層辛い。居た堪れなくなって、達也は海の方へ走り出した。別荘は海岸の高い位置にあり、階段を降りると砂浜に出ることができる。 「ター坊、ター坊ッ!」  階段の折り返しで兄に引き留められた。 「だから言ったじゃんかよおっ! 俺みたいなブス、参加しない方が良かったんだッ!」 「待てッ! ター坊、おいこらッ! 待てったら!」  両肩をガッチリと掴まれる。 「ター坊、あそこにヤングな男女がいるだろ?」  兄は砂浜でバーベキューを楽しむグループを指差す。 「あいつらがなんだってんだよ」 「追い払ってくれ」 「は?」 「あいつら、さっき空港で見かけたんだよ。女の子のレベルが高えんだ。成功者の視界に入れたくねえ」  何を言い出すのだ。達也は信じられない思いで兄を見た。 「頼むター坊。ただでさえ俺の評価下がってんだ。俺は成功者のご機嫌取りだ。気分の悪くなるようなもんはデリートしなきゃなんねえのよ」 「にいちゃんなんか嫌いだ」  腕を振り払い、階段を降りた。「俺は愛してるぜ!」と背後から軽薄な言葉が落ちてきて、達也はキッと後ろを睨んだ。 「頼んだからなッ!」  達也が断れないとわかっていて、兄はさっさと引き返していく。達也は長いため息をつくと、トボトボと階段を降りて、ヤングな男女の元へと向かった。
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