兄弟

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「今から食べる」とコメント付きで、知覧が写真を送ってきた。今日発売の鯖弁当だ。かわいい人だ。安形智史はついついニヤけてしまった。  ファミレスで知覧と連絡先を交換して一ヶ月。炊き込みご飯鯖弁当は無事商品化され、知覧とも順調に距離を縮めている。ラインを追加した直後、チョコバナナパフェ四人分と四千円がラインペイで返金された時は驚いたが、それで完全に心を掴まれた。  パフェ代金は調理メンバーに返金したが、それでは知覧だけが損だ。でも知覧に会う口実ができたみたいで密かに嬉しかったりもする。どうやって借りを返そうか、最近はそればかり考えている。 「知覧さん?」  調理メンバーの佐藤が聞いてきて、素直に「うん」と答えた。佐藤は露骨に嫌な顔をした。 「そんなに仲良くして大丈夫なのかよ。返金は警戒解くための第一ステップで、本当は騙そうとしてんじゃねえの」  ムッとして睨みつけた。佐藤は不貞腐れたようにパックジュースをズズッと吸い上げ、「だって赤工生だぞ」と付け足した。 「何も知らないだろ」 「血の気の多い不良だろ」 「ひどい言い草だ」 「『赤工生とは関わるな』入学して最初に言われたじゃないか。カッパ狩りの被害者が一体何人いると思ってんだ」  自分もその一人だ、とは口が裂けても言えない。 「でも見ろよ。あの人、発売日にわざわざ鯖弁当買ってくれたんだぜ?」   話を変えようと、スマホ画面を見せた。佐藤は腰を上げ、画面を覗き込む。ジッと見つめていたかと思えば、親指と人差し指で拡大した。 「なにすんだよ」 「背景が黒いだろ。これ、太ももの上に乗せてんだ」 「それがどうしたって言うんだよ」  スマホを引っ込め、見ると鯖弁当は画面から消えていて、画面いっぱいに写っていたのは灰色のマス目だった。 「あいつら、俺らのことカッパとか言って馬鹿にしてんだろ。その俺らが作った弁当だぜ? 教室で堂々とは食えないだろ」  智史は画面を戻した。黒色をバックに撮られた写真。隅に写り込んでいるのは灰色のタイル床。どきりとした。ここってもしかして…… 「トイレで食ってんだよ」  佐藤は断言し、胡散臭げに目をすがめた。 「知覧さん、何か企んでんじゃねえの」 「企んでるって……」  声が小さくなった。 「どうしてファミレスで一度会ったきりの一年ガッパと毎日ラインするんだよ。こんなこと言ったらお前、気分悪くするだろうけどさ、俺は、知覧さんが何か目的を持って、お前を手懐けようとしているとしか思えないんだ。お前はターゲットだよ」 「ターゲットって、なんのだよ」 「それは……マルチ商法とか、闇バイトじゃねえの?」 「知覧さんはそんな人じゃない」  でも引っかかる。この距離の縮まり方……知覧は何か企んでいる、そう考えることもできてしまう。初めて知覧を見た時のことを思い出す。財布を両手に持ちながら、こちらをじっと見つめてくる、鋭い目。 「とにかくあんま気い許すなよ。あの人は赤工の機械科。お前は返金されたかもしんないけど、カッパ狩りで酷い目に遭った学生は大勢いるんだ。あのグループは常習犯だよ。それなのに知覧さんがいい人ってことはない。お前だけ特別扱いなんておかしいだろ」  特別扱い、という単語が波紋のように胸に広がった。単純に、好意を持ってくれたから、とは考えられないだろうか。腕を掴んだ時、彼は頬を染めたのだ。  どうですか? と返信すると、速攻既読がついた。「うまかった」と返ってきて胸がキュッと心地よく締め付けられる。 「智史、俺の話聞いてたか?」 「ああ」  生返事で返信を打つ。彼は自分に好意を持っている。それを確かめたい。ライン上だけの関係では物足りないと思っていた。「今度俺ん家来ませんか?」送信し、既読がつく。彼が返信するより先に「弁当より上手い料理ごちそうします」と送りつけた。
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