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第1話 序章・奈々とあずき 1
「迷子の保護?」
月宮奈々の声が、魔法警察署内にこだました。
三十人ばかりいた署員の目が一斉に奈々に集まる。
「あの、署長? 確かにわたし、幼い頃からしょっちゅうここに来てますけど、わたし、ただの女子高生ですからね? 今回わたしがここに来たのは、あくまで職業体験の一環であって、つまり何の権限も持たない一般人なんですよ? 分かってます?」
「勿論分かっておるよ」
鼻の下に、マンガのようなツインちょびヒゲを生やした署長が答える。
警察官の紺の服装に出張った腹。そして百五十センチほどの身長。
見た目、完全にマンガだ。
「でもさ、奈々ちゃん。これこそ職業体験だとは思わん?」
「思いません」
奈々が署長の意見をバッサリ切って捨てる。
聞き耳を立てていたのか、署内のあちこちから押し殺した笑い声が聞こえてくる。
「あのね、署長。わたしが職業体験したいのは、魔法警察の方々の日々のお仕事です。街の見回りをしたり交通違反を取り締まったり。色々あるでしょ?」
「そんなの子供の頃から腐るほど見てるじゃない。だいたいここ魔法世界よ? みんな箒に乗って移動しとるのよ? 交通違反は無いなぁ」
ぼやく署長を奈々はギロっとにらんだ。
署長が慌ててソッポを向く。
「あぁもう! やっぱ職業体験の申請、別のとこにすればよかった。何でここ選んじゃったかなぁ!」
「いや、ここで正解だよ。だって奈々ちゃん魔法警官になるもの。しかもここで。六年前、キミが初めてここに来たときからわしは予知していた。今回のこの件はキミにとっていい経験になるだろう。頼むよ。キミの後輩になるであろう少女を導いてやってくれんかね」
「変な予知しないでください!」
怒鳴られた署長が素早く机の下に逃げ込む。
「……それで、どこに行けばいいんですか?」
奈々は怒りをおさえ、静かに聞いた。
「やってくれるの?」
署長が机の下からヒョイっと顔をのぞかせる。
「だって……可哀想じゃないですか」
顔をそむける奈々を見て、署長がニンマリ笑う。
「じゃ、情報ね。保護対象は野咲あずきちゃん、八歳。なんと、かの名門バロウズ家の孫娘だ。対象は祖父母の家に遊びにきた際、誤ってゲートを通ってしまったらしい」
署長が隠れていた机の下から出ながら、何とも大げさな身振りで説明する。
奈々はその芝居がかった仕草にイラっと来つつも、拳を握りしめて堪えた。
「今、対象は二番ゲートのサマンサさんのところで保護されている。彼女がサマンサさんのところに行くのは、本来あと四年は先の話なんだけどね。ともあれゲートはもう閉じてしまったし、魔法乱流の渦巻く辺境の地、八箇所ある固有ゲートのある辺りでは個人用ゲートは開けない。ってことは、どうあっても地球との個人用ゲートが作成可能なこの近辺まで連れてくる必要があるわけだ」
奈々の頭に一斉にハテナマークが浮かぶ。
「え? だってバロウズ家ってイギリス人でしょ? 八番ゲートのクレアさんとこじゃないんですか?」
「なんだ、キミ知らなかったのかい。何年か前にリチャード=バロウズ氏は奥方と一緒に娘さん夫婦のいる日本に移り住んだんだ。地球側の門番も兼ねての移住だったから新居は二番ゲートのすぐそば。今回それがアダになった」
「なるほど、だから二番ゲートなんだ」
これで奈々にも得心が行った。
「バロウズ氏も大慌てでこちらに連絡してきた。今回、娘さんとお孫さんが先行してバロウズ氏のところに遊びに来てたところ事故が起こってしまった。魔法世界のことを全く知らない娘婿さんが合流する明日の晩までに、対象をバロウズ氏の元に連れ帰らなきゃならない」
明日の晩?
奈々は頭の中で素早く計算した。
箒で移動したとして、二番ゲートまで行くのに丸一日は掛かる。
そこからここまで戻ってくるのにまた一日。
半日足りない。間に合わない。
「と、思うだろ?」
奈々の思考を読んだかのように署長が言う。
「今回、バロウズ氏の案件でもあるからね。なんたって魔法世界の実力者、こちらの世界への多額の寄付もある。そこは奥の手を使ってでも何とかしようじゃないかってことで、これ」
署長は奈々に一枚のカードを手渡した。
一見、何かの会員証かクレジットカードのような見た目だ。
どこかで見たことがあると思いつつカードを受け取った奈々は、訝しげな表情しつつ色んな方向からカードを見た。
表は金地に六芒星。
裏を見ると、七色に描かれた複雑な文様がホログラムのように浮かび上がって見える。
何より、カードから伝わる尋常でない魔力の脈動に、奈々は息を呑んだ。
「あ! これ、まさか激レアの……」
「そう。ブーストカードだ」
奈々も資料映像でしか見たことが無かったが、これを使用すれば全ての魔法が最大で倍の効果を発揮するはずだ。
「いいかい、奈々ちゃん。このカードは……」
「ぃやったぁぁ! ラッキー! お宝ゲットぉぉ! いいもの貰っちゃった!」
「ちょーーーー! 貸すだけ! あげたんじゃないから!!」
慌てる署長をよそに、奈々は持ってた箒に颯爽と跨った。
「ベントゥス(風よ)!」
奈々の足元で風が渦を巻くと、箒にまたがった奈々は、一気に宙に浮いた。
手をかざして、奈々の箒から放射される強風から顔を庇いつつ、署長が叫ぶ。
「いいかい、奈々ちゃん! 今回のゲート移動はあくまで事故だ! 対象はいつか必ず初心者魔法使いとしてここに来る! だから、記憶に残りそうな言動は厳に慎んでおくれよ!」
「分かってまーす! さぁ行け、箒よ! フォルティス ベントゥス(強風)!」
箒の穂先がまるで生き物のように激しく震えると、奈々は勢いよくかっ飛んだ。
向かうは東。
日本からのゲートがある二番ゲートへ。
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