23人が本棚に入れています
本棚に追加
第6話 序章・奈々とあずき 6
ガタガタガタガタ!!
激しい揺れが奈々を襲う。
奈々は真っ青になって跳ね起きた。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
あずきが隣で心配そうに見ている。
奈々は慌てて周りの景色を確認した。
森の中では無い。広大な草原が広がっている。
「もう森は抜けてるよ。が、済まない。トラブル発生だ。ちょっと止めるよ」
リリィが荷馬車をゆっくりと止める。
三人が荷車から降りて車輪を確認すると、後輪の軸にヒビが入っていた。
このまま走り続ければ、遠からず軸が折れるだろう。
リリィが渋い顔をする。
「こいつはダメだね。ちょっと無理をさせ過ぎたみたいだ。ここから飛べるかい?」
「多分大丈夫。街に着いたらすぐ人を寄越してもらうから、リリィさんはここで待機していて」
奈々はラクを撫でた。
――ありがとう、ここまで運んでくれて。
奈々は荷台に乗せておいた箒を手に取り、跨った。
「いらっしゃい、あずきちゃん。お姉ちゃんと空のお散歩しましょ」
頷いたあずきが奈々に促されるまま、奈々の背中に引っ付くようにして箒に跨った。
「ベントゥス(風よ)!」
箒がゆっくりと浮く。
足が地面から離れて慌てるあずきが奈々に必死に抱き着くと、奈々は安心しろとばかりにその手をポンポンと優しく叩いた。
「気を付けて行きな」
リリィの声に、奈々が手を振る。
あまり高度を高く取ってしまうとあずきが怖がってしまうと思った奈々は、三メートルほどで上昇を止め、低高度のまま街に向かって飛んだ。
「箒で空を飛ぶって、魔女さんみたい」
多少慣れてきたのか、あずきの声が弾んでくる。
高所を飛ぶことの恐怖より爽快感の方が勝ったようだ。
「ふふっ。空を飛ぶことは、ちっとも怖くなんかないのよ。ほら、風が気持ちいいでしょ?」
前方に街が見えてくる。
「わたしも箒で空、飛んでみたいな」
「あずきちゃんならきっと飛べるわよ。今度は誰かに乗せてもらうんじゃなく、自分の力で飛んでみようね」
「ホント? 楽しいだろうなぁ」
あずきの屈託のない笑顔に奈々は思わず微笑んだ。
◇◆◇◆◇
しばらく進むと、前方に街が見えてきた。
疲れ果てて、あまり早くは飛べないが、どうやら期限には間に合ったようだ。
程なく警察署が見えてくる。
奈々は、警察署の前に着くと、ゆっくり箒を下ろした。
「とうちゃーーく!」
奈々の口から、思わず安堵のため息が出る。
箒から垂れている足が地面に接すると同時に、脱力感が一気におそってくる。
「あずき!!」
綺麗な金髪女性が警察署から飛び出てくる。
「ママ!!」
女性があずきをギュっと抱き締めた。
奈々は放心しながらその様子を眺めた。
――そっか、ママも魔法使いだもんね。迎えに来てくれたんだ。良かったね、あずきちゃん。
「ミッションコンプリートだ、奈々ちゃん。おつかれさん」
いつのまにか奈々の隣に来ていた署長が、あずきたちの様子を見つつニッコリ笑う。
任務を無事こなした達成感からか、にへらっと笑いつつ署長の方に振り返った奈々は、右手の人差し指と中指を目元に当て、ウィンクしつつピースサインを返した。
◇◆◇◆◇
奈々は警察署の革イスに座ってボーっとしていた。
あずきは母親との合流後すぐ、地球に戻っていった。
帰る際、あずきの母親からお礼をいっぱい言われたが、二日間の強行軍による疲れもあって、残念ながら奈々は満足に応対出来なかった。
だが、何度も何度も頭を下げられたので、すごく感謝してくれていたことだけは伝わった。
「落ち着いたかい? 奈々ちゃん」
奈々は署長に差し出されたコーヒーカップを受け取った。
口を付ける。
甘い。
「リリィさんの方、どうなりました?」
「修理も終えて、もう戻っていったよ。心配ない。魔物避けの強力な護符も渡したから帰りは安全だろうし、お礼もたんまりしたからホクホク顔で帰っていったさ。問題ない」
「サマンサさんは? わたし、サマンサさんの軽トラ、壊しちゃったんですよね。悪いことしたなぁ」
「それも連絡を受けている。バロウズ氏の方で新車を用意してくれるそうだよ。納車は一か月後でその間不便だが、別口で謝礼も受け取っているようで彼女も喜んでたよ。心配ない」
「そっか……」
砂糖を多めにしてくれたようで、甘く温かいコーヒーが胃を優しく温めてくれる。
「……署長、わたし、警察官になる」
「……そっか。うん。待っとるよ」
「うん……。いやいや、ちょっと! わたしここの署に入るなんて言ってない!」
「いや、キミはこの署に配属になる。キミが初めてここに来たときからわしは予知していた。今回のこの件は、いい経験になったろう。キミの後輩になるであろう少女がまたここに来るときの為に頑張りたまえ」
署長は帽子を取った。
長耳がピョンっと飛び出る。
署長も月兎族だ。
強力な魔法使いで、予知が得意。
その署長の予知だ。
結果はまず間違いないだろう。
奈々はため息をついた。
でも同時にワクワクもする。
進路が決まった。
ポンコツ署長の予知だから、すべてがすべて予知通りでは無いだろうが、ここは一つ、乗ってみるのもありだろう。
――いつかあの子が再びこの署を訪ねてきたとき力になってあげられるように、わたしは警察官になる。
奈々は心地よい疲れを体にまといながら、微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!