侍女ハルラールは実家に帰りたい

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 私がお仕えする王・サヴィトリ様のお仕事は、そのほとんどが請願や陳情の決裁です。左右両丞相以下行政機関によって内容が吟味されているため、サヴィトリ様に届くのは許可の判を押すだけで事足りるものばかり。  まだ十代の年若い王への負担を減らすための心遣い、ではありません。大量の雑用を押し付けることによってサヴィトリ様の動きを封じることが目的です。  サヴィトリ様に求められているのは、病床に伏した前王の跡を継ぐことになった可憐で同情すべき少女王という外形のみ。世継ぎが生まれるまでの間に合わせ。不憫なことです。  もっとも、当の本人はそのようなことなど微塵も気にしていらっしゃいません。むしろ「私に任せては一日も持たずに国が傾く」と笑って仰っていました。王の真意はわかりませんが、私ごときが推し量るべきものではないようです。 「ちょっと羅刹の訓練に混ざってくる」  珍しく陳情書の量が少なく、午前中のうちに片付いてしまった冬のある日、サヴィトリ様が突然そんなことを仰いました。  羅刹といえば我が国の部隊名のひとつ。魔物討伐を専門とし、軍部の中で唯一出自を問わない自由な気風の隊です。  身体を動かすことは健康のためにも重要なことです。ですが軍の訓練に混ざるとは何事でしょう。冬の寒さで脳が正常に機能していないのかもしれません。ああそうだ、温かいお飲み物をお持ちしましょう。シナモンとカルダモンを加え、マシュマロを浮かべたホットチョコレートが良いでしょう。糖分を摂取すればそんな頭のおかしい考えなど――  あれこれ考えているうちに、サヴィトリ様は執務室から出て行ってしまわれました。慌てて追いかけますが、すでに廊下にも姿はありません。  冬季は魔物の活動が緩慢であるため、羅刹は練兵場か隊の詰所で訓練をしているはずです。魔物の討伐について行く、という最悪の事態だけは避けられそうです。 「ああ、サヴィトリ様――タイクーンね。三番隊と一緒に、農地に出現したキャロットイーターの討伐に行きましたよ」  避けられませんでした。  今すぐ耳を引きちぎって聞かなかったことにしたい。 「だ、大丈夫ですよ。新兵の訓練対象にされるくらい弱いウサギ型の魔物ですし、何よりヴィクラム隊長もついてるから。王都のすぐ近くなんで三十分もしないうちに帰ってきますって」  絶望し、その場にくずおれた私を哀れに思ったのか、羅刹五番隊隊長のヨイチ様がどうにかフォローをしようと言葉を尽くしてくれています。
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