偶然か必然か

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どうやって、この一週間を過ごそうか…。 エレベーターが来るのを待っている間、透子は看護師からもらった用紙を眺めていた。そこには院内施設の概要や入院生活に関する事項が記載されている。 午前7時に検温。朝食は7時30分、昼食は12時、夕食は6時。消灯は9時。 午前中は、検査などに付きっきりになるだろう。午後になれば、瑞樹の昼寝中やDVDを観ている間に、こうやって買い物に出たりすることもできるかもしれない。 しかも予約をすれば、付き添いの家族はシャワー室を借りることもできるようだ。 「うーん…。」 透子は一人唸った。 泊まることになるからと、大したメイクはしてきていない。しかしながら、三日も四日も風呂に入らずに過ごすというのは、やはり気持ちが悪い。 後で、看護師さんに聞いてみよう。 頭の中で、様々な段取りを考える。 その時、ヴーンと、エレベーターが動き出す音がした。 二台あるエレベーターのうちの右側の一台は、先ほどからずっと1階に止まったまま動かない。 動き出したのは、左側のエレベーターだった。最上階の11階から降りてくる。 11階は、展望室のようだ。カフェや図書コーナーもあるらしいので、入院患者の憩いの場といったところだろうか。 透子は、エレベーターの階数表示を見上げた。すると、表示が「8」で止まった。誰かが降りているのか、乗ってきたのか。 8階は、整形外科の病棟らしい。 しばらくして、再び数字が動き始めた。 はらりと落ちてきた髪の毛を、耳にかける。ラフに束ねた長い髪が、今は邪魔に思えた。 コンビニにはヘアピンも売っているだろう。お団子にしてまとめてしまえば、きっと動きやすい。 そんなことを考えながら、階数表示を見つめる。 そして、エレベーターの表示が「6」を示し、目の前の扉が開いた。 中には長身の男性が一人、壁にもたれるように立っていた。 松葉杖をついたその男性は、黒いニット帽を目深にかぶってマスクをしている。入院着を着ているので、ここの入院患者なのだろう。 手に持っていた用紙をくるっと丸めると、透子は軽く会釈をして、エレベーターに乗り込んだ。 男性の顔は見なかった。 というか正確には、ニット帽とマスクのせいで、顔はほとんど見えなかったのだが。 すでに2階のボタンが点灯していた。 この男性は、2階で降りるようだ。 透子は1階のボタンを押して、何となく壁に貼られたポスターを眺めた。 『ワクチン接種のお知らせ』や『医療費控除のお知らせ』などという内容のもの。 そうだ、瑞樹もまだ受けていないワクチンがあったかな…。 家に戻ったら母子手帳を確認しなければ、などと考えを巡らせる。 その時、視界の隅で男性の体が動いた。 そして、「え」と呟く声。 聞き間違いかと思った。 「…透子、さん?」
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