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偶然、というにはあまりにも偶然。
こんなことがあるのだろうか。
「また、会える?」
確かにユウトは、あの時そう言った。
しかし時間が経つごとに、あれは聞き間違いだったのではないかと思えてくる。
瑞樹の入院初日である、あの日。
ユウトとはエレベーターで会って以降、姿を見ていない。もちろん、スマホにメッセージが来ることなどもなく。
そもそも階の違う入院フロアを意味もなく行き来することはできないし、この大きな病院内で、約束もなく偶然に会うことなど不可能に近い。
やはり、聞き間違いだったのかもしれない。
結局…何だったんだろう。
ユウトに会った後は胸がザワザワと落ち着かなかったが、瑞樹の世話や病院での生活に紛れて、たった三日前のことがかなり昔のように感じている。
そして瑞樹も入院生活に慣れてきて、退屈することが多くなってきた木曜日。
健一が来たタイミングで、透子は自宅マンションへと戻った。
シャワーを浴びて、まずは自分をリセットする。そして、窓を全開にしての掃除。外の風は冷たいが、今はそれがとても心地良い。
夕方にはまた病院へ戻らなければいけないので、しばしのリラックスタイムだ。
透子はコーヒーを淹れてソファーに座ると、テレビをつけた。平日の2時すぎは、どこのチャンネルもワイドショーの時間。
そして急に画面に映った女性に、リモコンを操作する手が止まった。
楠本香里奈。
体にフィットするデザインの真っ赤なドレスに、大人びたヘアメイク。首元には、大きな宝石があしらわれたネックレスが輝いている。
『ジュエリーベストドレッサー賞』の授賞式の映像らしい。
「綺麗…。」
透子は思わず、呟いた。
どうやら楠本香里奈はこの賞の20代代表に選ばれたようで、画面は授賞式の後の囲み取材の様子に変わった。
おめでとうございます、と声を掛けるリポーター陣に対して、笑顔で答えている。
「ドラマで拝見する可愛らしい印象とは違って、今日はまたゴージャスな装いですね」
「ありがとうございます、光栄です」
「ところで現在放送中のドラマも大変好評ですよね、共演のユウトさんは今の楠本さんを見て何と言うでしょう」
この質問は明らかに、ユウトと楠本との関係を聞き出そうとしていると思われた。
しかし楠本香里奈は、しれっと答える。
「綺麗だねって、言ってほしいてす」
おぉ、と、リポーター陣がどよめいた。
「今回のドラマでは、お二人の濃厚なラブシーンもあると聞きましたが、撮影の方はいかがですか」
「そうですね…ここまで濃厚な恋愛作品は出演したことがなかったので不安でしたが…ユウトさんが優しく手取り足取り教えてくださるので、とてもリアリティのある良いシーンが撮れていると思います」
そう言って、楠本香里奈は顔を赤らめた。
「手取り足取りですか、それはどういう…」
一人のリポーターが質問を続けようとしたが、そこで透子はテレビを消した。
黒くなった画面に、自分の歪んだ顔が映っている。
これ以上は、聞きたくないと思ってしまった。
ひどく気分が悪い。
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