偶然か必然か

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ユウトのことを話す時の、楠本香里奈のあの嬉しそうな表情が嫌だ。 …もう関係ないのに。 もしかしたら本当に二人は、付き合い始めたのかもしれない。 …別にかまわないけど。 年明けから始まったユウトのドラマは、一応は録画をしてあるものの、まだ観ることができていない。 仕事が忙しかったことや、瑞樹の入院騒ぎでそれどころではなかったということもあるが、一番の理由は、勇気が出なかったからというところにある。 前は、全然平気だった。 ユウトのラブシーンも、胸をキュンキュンとときめかせながら見ることができていた。推し活をしている間は、『彼氏』であるユウトと『芸能人』であるユウトは別物だと思えたから。 しかし今は、ユウトのことを『芸能人』として見ることができない自分がいる。 彼の姿を見るのが辛いし、仕事だとわかっているのに、他の女性とのラブシーンからは目を背けてしまう。 この気持ちは、一体何なのか。 もう終わったことだから、STERAとユウトを遠ざけていたというのに…。 思いも寄らない場所でまた会ってしまった。 「なんなの…。」 透子はソファーに体を沈めて、目を閉じた。 先ほどのテレビ画面の中の、キラキラとした楠本香里奈の顔を思い出す。 その楠本の綺麗な顔にユウトがキスをする光景が、ありありと脳内に描かれる。実際に見たわけでもないというのに、それはあまりにもリアルだ。 きっとユウトは体を少し屈めて、楠本の頬に手を添える。そして、覗き込むように唇にキスをする。 最初は優しく、触れるように。それを一、二回繰り返した後にしっとりと舌を絡ませてくるのだ。 ゾクッと、体が震えた。 あのキスのとろけるような感触は、今でもはっきりと思い出せる。 ドラマの中で演じるキスというのは、どういった感じなのだろう。 もしかして楠本香里奈も、ユウトとあんなキスをしたのだろうか。 唇を重ねて…舌を絡ませて…。 ユウトの熱い息を感じたのだろうか。 考えたくない、と思えば思うほど、頭の中をそればかりが占領する。そんな自分が嫌になって、また考えてしまう。 堂々巡り。 考えたところで仕方のないことだし、そもそもそんなことを気にする資格は、もうないというのに。 …まさか、嫉妬? やめてよ、もう恋人でも何でもないのに…。 段々と考えがまとまらなくなっていき、透子はそのまま眠りに落ちた。
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