偶然か必然か

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11階でエレベーターを降りると、そこは病院内とは思えないフロアになっていた。 壁面はガラス張りになっており、眼下の街の夜景がキラキラと輝いて見える。 照明は控えめ。いくつかの丸テーブルと椅子も置かれていて、まるでどこかのホテルのカフェのようだ。 フロア内には数人いて、本を読んだりスマホを弄ったり飲み物を飲んだりと、皆が思い思いに過ごしている。 どこからか流れてくるゆったりとした音楽もまた、心地良い。 手前の一角にはカフェカウンターがあり、飲み物や軽食を提供しているようだった。きっと日中は、見舞いに来た一般の人たちも利用したりするのだろう。 透子はそこでホットカフェラテを買うと、窓際のテーブル席に座った。 一口すすって、ほうっと息を吐く。じんわりと胸が熱くなる。 この病院の周りには高い建物がほとんどないため、窓からは市街地が一望できる。 真冬のしんと張り詰めた空気の中で光る街の明かりは、綺麗だがどこか寂しい。 こんなに感傷的な気分になるなんて、今日の自分はやはりおかしいと思った。日常とは違う日々を送っているせいだろうか。 もう一口、カフェラテを口にする。 透子は、フロア内をぐるりと見渡した。 近くのテーブル席には、60代くらいの男性が座って本を読んでいる。慣れている雰囲気で、入院生活の長い患者なのかもしれない。 その向こう側には、ジュースを飲みながらスマホを弄っている看護師の女性。きっと休憩中なのだろう。 奥の壁沿いに置かれた棚には、たくさんの本が並べられていた。その前に置かれたベンチソファーにも、ぽつんぽつんと入院患者が座ってくつろいでいる。 そしてその近くのテーブル席に視線を移した瞬間、透子の動きが止まった。 窓の方にギプスに覆われた長い足を投げ出して座り、脇には松葉杖を立て掛けている男性。黒いニット帽を深く被り、マスクを顎まで下げて飲み物を飲んでいる。 間違いない。 ユウト、だ。 透子は目をそらし、意味もなく息を殺した。 気づかれてはいけない。 そう思った。 そっと席を立ち、反対側の椅子に座り直す。ユウトに背中を向けて、顔が見えないようにした。 しかしそうしたところで、意識は後ろにいるユウトの方へと向けられている。 気づかれたくないなら、この場を立ち去れば良いのだ。それなのに、なぜ自分はそうしないのか。 なぜこんなにもゆっくりと、カフェラテを飲んでいるのか。 そんな事を考えていると、ふいに斜め後ろに人の気配を感じた。 「…偶然、だね。」 その声に、心臓がドクンと跳ねた。 思わず振り返ると、優しく微笑む薄茶色の瞳が透子を見つめている。 「また…会えたね。」
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