199人が本棚に入れています
本棚に追加
11階でエレベーターを降りると、そこは病院内とは思えないフロアになっていた。
壁面はガラス張りになっており、眼下の街の夜景がキラキラと輝いて見える。
照明は控えめ。いくつかの丸テーブルと椅子も置かれていて、まるでどこかのホテルのカフェのようだ。
フロア内には数人いて、本を読んだりスマホを弄ったり飲み物を飲んだりと、皆が思い思いに過ごしている。
どこからか流れてくるゆったりとした音楽もまた、心地良い。
手前の一角にはカフェカウンターがあり、飲み物や軽食を提供しているようだった。きっと日中は、見舞いに来た一般の人たちも利用したりするのだろう。
透子はそこでホットカフェラテを買うと、窓際のテーブル席に座った。
一口すすって、ほうっと息を吐く。じんわりと胸が熱くなる。
この病院の周りには高い建物がほとんどないため、窓からは市街地が一望できる。
真冬のしんと張り詰めた空気の中で光る街の明かりは、綺麗だがどこか寂しい。
こんなに感傷的な気分になるなんて、今日の自分はやはりおかしいと思った。日常とは違う日々を送っているせいだろうか。
もう一口、カフェラテを口にする。
透子は、フロア内をぐるりと見渡した。
近くのテーブル席には、60代くらいの男性が座って本を読んでいる。慣れている雰囲気で、入院生活の長い患者なのかもしれない。
その向こう側には、ジュースを飲みながらスマホを弄っている看護師の女性。きっと休憩中なのだろう。
奥の壁沿いに置かれた棚には、たくさんの本が並べられていた。その前に置かれたベンチソファーにも、ぽつんぽつんと入院患者が座ってくつろいでいる。
そしてその近くのテーブル席に視線を移した瞬間、透子の動きが止まった。
窓の方にギプスに覆われた長い足を投げ出して座り、脇には松葉杖を立て掛けている男性。黒いニット帽を深く被り、マスクを顎まで下げて飲み物を飲んでいる。
間違いない。
ユウト、だ。
透子は目をそらし、意味もなく息を殺した。
気づかれてはいけない。
そう思った。
そっと席を立ち、反対側の椅子に座り直す。ユウトに背中を向けて、顔が見えないようにした。
しかしそうしたところで、意識は後ろにいるユウトの方へと向けられている。
気づかれたくないなら、この場を立ち去れば良いのだ。それなのに、なぜ自分はそうしないのか。
なぜこんなにもゆっくりと、カフェラテを飲んでいるのか。
そんな事を考えていると、ふいに斜め後ろに人の気配を感じた。
「…偶然、だね。」
その声に、心臓がドクンと跳ねた。
思わず振り返ると、優しく微笑む薄茶色の瞳が透子を見つめている。
「また…会えたね。」
最初のコメントを投稿しよう!