偶然か必然か

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また、会えたね。 なぜユウトは、そのような言い方をするのだろう。 まるで、自分に会えて嬉しかったかのような言い回し。 それともこれは、芸能人として身についたクセのようなものなのだろうか。 「ここ…座っても、いい?」 ユウトは、先ほどまで透子が座っていた椅子を指さした。 「あ…うん。」 もしかしたら、気づかれていたかもしれない。 自分がここに座っていたことも、ユウトの存在に気がついて背中を向けたことも。 …だとしたら、すごく恥ずかしいんだけど。 「…子どもは?」 ユウトはテーブルに片手を付いて、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。前に伸ばした両足で、松葉杖を挟む。 片足が不自由というだけで、椅子に座る動作ですら大変そうだ。 「今日はもう…寝てる。」 透子が答えると、ユウトは、そう、と呟いた。そして窓の方を向いたまま、黙ってしまう。 沈黙が二人を包んだ。 気まずいはずなのに、どこか落ち着くような空気感。 透子は、カフェラテを一口すすった。 まだ、温かい。 「…名前は?」 ユウトがふいに、こちらに顔を向ける。 「…ん?」 「名前…子どもの。」 「あ…。瑞樹(みずき)っていうの。」 「…みずき…?」 うん、と透子は頷いた。 「『みずき』っていう響きが好きで…何ていうかみずみずしくて、清らかな感じがするから。お腹にいる時から男の子でも女の子でも、『みずき』にしようって決めてたんだ。」 「へぇ…。」 「漢字はね、王へんの(ずい)っていう漢字を書くの。宝石とか、幸運ていう意味があるんだって。」 透子は人差し指で『瑞』という漢字を空で書きながら、ふと自分は何をしているのだろうと思った。聞かれてもいないことをベラベラと。 このようなことをユウトに話しても仕方ない。というか、話すべきではない。 「…ごめん。」 小さな声でそう言うと、透子はカフェラテのカップに口を付けた。 顔を上げることができすに、テーブルの上に置かれたユウトの左手をじっと見つめる。 するとユウトが、ふっと笑った気がした。 「なんで謝るの?」 「だって…。」 ちらりと見ると、優しく微笑んでいる瞳と目が合った。 「…俺はもっと、そういう透子さんの話が聞きたいよ。ていうか、聞きたかったのに。」 「……。」 え? 「瑞樹くんの話してる時の透子さん、すっごく幸せそうな顔するんだね。そんな透子さんのこと見てると、俺も幸せな気分になる。」 「……。」 カップに口を付けたまま、透子はユウトの顔を見つめた。 言われている意味がわからない。
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