偶然か必然か

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これは何かの試練なのだろうか。 そうなのだとしたら、自分はこの試練をどう乗り越えたら良いだろう。 寝返りを打つたびに、ギシと音を立てて軋む簡易ベッドの上で考える。 「俺は、透子さんと瑞樹くんのそばにいたら、ダメ?」 「俺は、やっぱり透子さんと一緒にいたい」 一緒にいたい…。 自分と瑞樹のそばにいたい…。 ユウトは血迷ってしまったとしか思えない。 あの後、展望室を出た二人は、揃ってエレベーターに乗り込んだ。互いに無言のまま、整形外科病棟の8階で扉が開く。 そこでようやく、ユウトが言葉を発した。 「さっきのこと…本気だから。」 …本気だから? ユウトは、わかっているのだろうか。 バツイチ子持ちと付き合っているということが世間に知られたら、面白おかしく記事を書かれるに決まっている。ファンも離れて行ってしまうかもしれないし、どんな罵声を浴びせられるかわからない。 ユウトの芸能人としてのイメージも変わってしまうだろうし、仕事も今まで通りとはいかないかもしれない。 考えすぎだと、ユウトは言うだろう。 俺はそんなの気にしない、と、前みたいに。 でも…。 透子は、隣のベッドにいる瑞樹を見つめた。こちらを向いて、少し口を開けて、気持ちよさそうに眠っている。 瑞樹は、どう思うだろう。 まだ5歳とはいえ、これから父親と離れて暮らすということには、漠然とした寂しさを感じているはず。 『離婚』がどういうことなのかはよくわかっていないかもしれないが、そのうち理解していくことになる。 それなのに、母親にはもう好きな男がいて、しかもそれが芸能人であるなど…。 やはり瑞樹のことを考えると、ユウトを再び受け入れることは難しい。 そこまで考えたところで、透子は気づいた。 …好きな男? 私まだ、ユウトのことが好きなの? ベッド脇のライトの弱い光に照らされた、白いカーテンを見つめる。エアコンの微かな風で、ゆらっと揺れた。 ユウトのことは見ないように、考えないようにしてきた。自分には、そんな資格はないと思って。 それに…完全に嫌われたと思っていたから。 しかし、それはどうやら違ったらしい。 胸がキュッと熱くなってくる。 先ほどのユウトの言葉に、嬉しさを感じている自分に驚く。 透子は枕元に置いていたスマホを手に取ると、LINEを開いた。 ユウトとのトーク履歴は、去年のファンクラブイベントの日のやり取りが最後になっている。 ほんの少しだけ躊躇した。 しかしすぐに指を滑らせて、メッセージを送った。 『ごめん』 『今は子どものことしか考えられない』 これが透子の答えだった。 これで本当に終わりにする。 後悔はしない。 そう決めた。 メッセージにはすぐに既読がついたが、ユウトからの返信はなかった。 そしてそれから二日後に、瑞樹は退院することになるのだが…。 その間、ユウトとは一度も会うことはなかった。
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