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季節が一周し、翌年の春。
瑞樹は無事に小学1年生となった。
新しい環境にもすぐに慣れたようで、透子の心配をよそに、楽しそうに毎日を過ごしている。
そして、入学式、保護者会、参観日などの慣れない行事をこなし、ようやく落ち着いてきた4月の下旬。桜はとうに散ってしまい、緑緑しい葉が木々を力強く彩り始めた頃。
この日は閉局時間の午後7時を過ぎてからも、透子は薬局に残って仕事をしていた。閉局間際に二枚の処方箋が持ち込まれ、その対応をしている。
ゆりあと新入社員の薬剤師の二人には、先に帰ってもらった。あとは客に薬の説明をするだけだったので、自分ひとりでも大丈夫だと判断したからだ。
最後の客を、午後7時20分に見送る。
自動ドアのロールスクリーンを下ろし、ドラッグ店舗側との仕切りになるカーテンを閉めた。
店内の喧騒が遮断され、薬局内は静かな空気に包まれる。ふぅと息を吐いて、透子は壁にかけられた時計を見上げた。
これから片付けをして、レジの精算をするとなると…帰ることができるのは8時頃かもしれない。
瑞樹はもう、夕飯を食べただろうか。
小学一年生から鍵っ子とは、かわいそうだと思う。しかし、児童クラブが6時半までとなると、どうやっても迎えには間に合わないのだ。
早く帰らなければと、透子は閉局作業を急いだ。
そして、精算を終えて売上金を専用バッグに入れていた時、店舗側のカーテンが少し空いた。
隙間から、店長の小林が顔を覗かせている。
「薬局長…ちょっといいですか?」
「あ、お疲れさまです。どうかしました?」
小林店長は社歴五年目の女性。この春の人事で、サブから店長へと昇格した。
身長は151cmと小柄なものの、整った顔立ちは可愛いと言うよりは、綺麗という印象。
「さっきお客様から、店の前に不審な男がいるって教えていただいて…。確かにその姿が風除室から見えたので、防カメで確認したんですけど。そしたら一時間くらい前から、店の前をウロウロしてるんです。今の時間は男性従業員がいなくて…警察…呼んだ方がいいですかね?」
小林の顔が、不安そうに歪む。
「…不審な男?」
「はい。背の高い男の人なんですけど、全身黒づくめで帽子も被っててマスクもしてるから、いかにも怪しくて…。」
その言葉に、一気に記憶がフラッシュバックした。透子の目が泳ぐ。
背が高くて黒づくめの男。
帽子にマスク。
いや、まさか…。
でも…そんなわけがない。
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