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「お客様に何か危害を加えてるわけじゃないんですけど。声を掛けようにも、デカいから私、怖くて…。」
その男がもし自分が思っている人だったとしたら、小林とは相当な身長差になる。声を掛ける勇気が出ないのも当然だと思えた。
「わかりました。私これから帰るので、声掛けてみますね。」
透子はぐるりと薬局内を見回し、やり残した仕事がないことを確認すると、小林と一緒に事務所へ向かった。
事務所のモニターには、店の外付けのカメラの映像が映っており、そこには聞いたとおりに黒づくめの男の姿がある。
壁にもたれてスマホを弄りながら、店から出てくる客が通るたびに顔を上げて様子をうかがっているようだ。
そしてたまに、思いついたようにウロウロと歩き回ったり、店の中を覗き込んだり、そしてまた壁に寄りかかったり。
誰かを待っている…そんな気がした。
そしてこの、背中を少し丸めた立ち姿には、やはり見覚えがある。
「薬局長…ホントに大丈夫ですか?刺されたりしないですかね?」
ロッカー室で帰り支度をしている透子の周りを、小林がソワソワと動き回る。
「大丈夫です…たぶん。」
透子は、呟いた。
小林店長と数人の学生アルバイトに見守られながら、店を出る。
外はすでに暗く、春だというのに肌寒さすら感じた。
黒づくめの男性は自動販売機の横の壁に寄りかかりながら、自動ドアの音に反応して顔をこちらに向けた。
目が合う。
黒いキャップとマスクの間から見える薄茶色の瞳が、明らかに透子を捉えた。
「透子さん…。」
男性はそう呟き、目を細めた。
やはり、ユウトだった。
「透子さん、俺…。」
「見られてるから。」
嬉しそうなユウトの言葉を、透子は遮った。
「え…。」
一瞬、店の中に目をやったユウトはすぐに状況を把握したようで。
「俺…どうしたら…。」
「…裏の駐車場で待ってて。すぐに行くから。」
ユウトは曖昧に頷き、透子の横を通り過ぎる。前と変わらない、甘い香りがした。
心臓がバクバクと速くなっていく。うるさくて痛い。
透子は、胸に手を当てた。
何で今になって…。
一年以上も経つのに…。
疑問が頭の中をぐるぐると巡る。
しかし自分の前にユウトが現れたのは事実で、それが何を意味しているのかも、何となく想像はできた。
「薬局長…。」
後ろから声がして振り向くと、小林が申し訳なさそうな顔をして立っている。
「すみません…大丈夫でした?」
「あ…はい。」
透子はどうにか、笑顔を繕う。
「友達と待ち合わせしてたって…。今ちょうど連絡が来たみたいで、どこかに行っちゃいました。」
我ながら、下手な嘘だと呆れる。
しかし、透子とユウトの関係を知る由もない小林は、それを信じてくれた。
「そうだったんてすね…。一時間も待たされて、かわいそうですね。」
不審者に同情すらし始めた小林に挨拶をして、透子は裏の駐車場へと急いだ。
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