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頭痛がしてきた。
意味がわかっていない6歳の子どもが放った言葉を、27歳の大人が自分の都合の良いように解釈をして会話をしている。
しかもその会話が、絶妙に成り立っているから納得がいかない。
「…瑞樹、ママは再婚なんてしないよ。」
透子は、あえて優しい口調で言う。
すると二人同時に、「なんで!?」と返してくる。
呆れて物も言えないというのは、このような心情を言うのだろう。
透子はキッチンを離れると、リビングのドアを開けた。
「瑞樹、もう遅いから寝なさい。明日起きられなくなるよ。」
そう言って、自分の部屋に行くようにと促す。
「はーい。」
瑞樹は素直に返事をして、椅子から飛び降りた。
「またね、お兄さん。」
「うん、おやすみ。」
このたった数分で急に打ち解けた様子の二人は、まるで友達かのように言葉を交わしている。
「ちゃんと、おしっこしてから寝るんだよ。」
リビングを出て行こうとする瑞樹に向かって、透子はいつも通りに声を掛けた。
「はーい。」
その小さな後ろ姿がトイレに入っていくのを見届けてからドアを閉めると、後ろからクスクスと笑い声がした。
振り向くと、ユウトが手で口を抑えながら、必死に笑いを堪えている。
「…なに?」
状況が飲み込めず、透子は怪訝そうに眉をひそめた。
「だって…。」
ユウトはなおも、おかしくて仕方ないといった様子。
「だって…おしっこって…透子さんの口からそんな言葉が出てくるなんて…。」
そこまで言うと、ついに声を上げて笑い出した。
少しの苛立ちを感じる。
自分にとってはこれが日常であって、笑われる筋合いはない。
透子はあからさまにため息をついて、キッチンへと戻った。
「…仕方ないでしょ。私は母親なんだから。」
声が張り詰めていたのかもしれなかった。
ユウトは笑うことをやめて、透子の顔をじっと見つめた。
「毎日…綺麗な言葉だけを並べて生活できるわけじゃないし、瑞樹と暮らし始めてからは、イライラしたり怒ったりすることも増えた。」
「………。」
「…もう私は、ユウトと付き合ってた頃の私じゃないんだよ。」
もうあの頃の自分ではない。
ガラリと環境は変わってしまった。
それは自分が望んだことで、もちろん嫌ではないが、少しの寂しさも否めない。
しかしユウトは、なぜか微笑む。
「わかってるよ。だから嬉しくて。」
「……え?」
「俺の知らなかった透子さんを、今やっと知ることができたんだ。だから嬉しくて、おかしくて。」
透子は、嬉しそうに話すユウトの顔を見つめた。
この男は一体、何を言っているのか。
「一年前…病院でくれた最後のメッセージ…今は子どものことしか考えられない、ってやつ。」
テーブルの上に肩ひじをつき、ユウトが透子の方に体を向ける。
「…一年…いや、それ以上待ったよ。今なら、俺とのことも考えてくれる?」
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