忘却の彼方より愛を込めて

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忘却の彼方より愛を込めて

「〇〇くんへ この手紙を書いているということは、私はやっと【表示不可能】んですね、よかった。 これで君を忘れることはないし、君に悲しい顔をさせなくて済むね。 というわけで、【表示不可能】!(まだ今は生きてるけど...) 別に君が悪いとか、そういうのは本当にないからね! というより、本当はもっと生きたかったです。 もっと研究したかったなー!まだまだ合理的思考力と非合理的思考力の違いについて完全に定義できてないから、そういう研究とかまだまだやりたいことあったなー!っていうかさやとかあかねとかと一緒にお出かけしたかったなー!行きたいとこあったなー!あとは〇〇くんともうちょっと一緒にいたかったなー!もっとちゃんと好きー!って言えばよかったなー! なんて後悔と【表示不可能】い気持ちが、この瞬間になって押し寄せてきます。 あっ、さっきから変なこと書いてると思ってるでしょ?違うんだ、これね、あたしのせいじゃないんだよ、「表示不可能」って書いてるの、私じゃないんだよ。 そう、明日【表示不可能】理由は、自分が人間じゃなくなってきてるからなの。 いい考えだと思ったんだけどなー、AIに思考の大半を任せて、極力元あった考える能力を省エネすれば、忘れずに長生きできるんじゃないかって。 でもね、ダメだった。 最初は良かったんだよ、君のことをちゃんと名前で呼べたし 研究も今までにないくらい捗ったし 何なら効率的に動いたり行動できるようになったし。 でもね、「私自身」は覚えてないんだ、何にも。 なんかまるで映画館で一人称の映画を見ているような、そんな気分。 私の視点で、私の身体で、確かに私の判断なんだけど、でも、全然私じゃないみたいで。 覚えてないのに、君の名前をAIの判断で無理やり呼ばされているみたいな、そんな感じで。 私は何も覚えてないのに、身体が勝手に「覚えている」かのように行動していて  だから自分の手柄でも成果でもないのに出来すぎた発表を学会でして、みんなとの思い出話全部覚えているように振る舞って、そして君の名前が思い出せないのに思い出したように会話して、それで、君が名前をまた呼ばれたことに対して喜んでいるのがすごく悲しくて... それ、私じゃないのにって... だから今記憶と、それからちゃんと「私」だーって言える部分が残っているうちに、ここに書き残しておこうと思います。 このAI(正式名称:【表示不可能】っていうんだけど、あっ、やっぱりダメだったか)はでも、悪いことはしてないんだけどね。 私が自分からつけようと思ったんだから、これだけ「普通」の日常が遅れるようになったのもこいつのおかげだし。 AIは何も悪くないんだけどね、でも、でもやっぱり自分の考えが全部全部合理的になっていくのに、何か耐えられないものを感じます。 なんか、うまく言葉には出来ないんだけど、だから「文学」とか「詩」がまだこの時代にでも存在するんだ、というか。 そういうことをまざまざと実感しています。 それは言葉には出来ないんだけど、だからこそ無理やり言葉にしようとして、変な言葉を、一見支離滅裂な言葉で紡いで、そうして書かれている以上のことを読み取ろうとして、だから友達とか家族とか恋人ができて... 何だろう、なんかわからないんだけどやっぱり合理的な言葉を使って非合理的なものを表そうとする、愛とか勇気とか希望と、そういう不確かなものを何とか言葉で紡ごうとする、それが人間である、そういうことなんじゃないかな。 「好き」だと直接伝えるのが恥ずかしいのだって 「嫌い」ということに気が引けるのだって 「間違っている」と思っていることを言えないのだって みんなみんな、人間だからじゃない。合理的なとか理論以上に、「何か」があるからじゃない。そうじゃなきゃ、私たちは人間じゃない、ただの機械と何にも変わりがない。 私が研究者を志した理由を、数字的な合理性で表すことはできません。 私が彼女たちと生涯のともだちになったのは、数式で導かれたものではありません。 そして、君に恋をしたのは、合理的な選択なんかじゃありません。 だから、私をどうか「人間」のまま【表示不可能】ください。 忘れていくことはとても辛いことです。 でも、無理に留めておくことも、また辛いことなのでしょう。 私がこの世から消えていくその感覚の中でのみ、私は君とのいろんな思い出に浸ることができるのです。 いなくなるから、いつか忘れてしまうから、今この瞬間だけは精一杯感じようとして。 だから、どうか、悲しまないでください。 そしてどうか、覚えておいてください。 どんなにAIに思考を犯されたとしても、「心」だけは、やっぱり奪われることはありませんでしたと。 君とのこの数年、とても楽しかったです、ありがとう。 ではでは                              ××博士」
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