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その日出会った女が全てを変えた。
雛の手作りアクセサリーは、ネット販売以外にボックスショップ形式にも参加していた。幾人ものクリエーターが、1つの店の中にロッカーのように区切ったスペースをレンタルし陳列するのである。
雛のコーナーを覗いていた女が、新商品を補充に来た雛を見て顔を輝かせた。
「あなたがこのボックスのクリエイターさん?」
彼女は大感激とばかりに両手を振り上げて握手を求めてきた。
最近売上が伸びていた。といっても人気が出たわけじゃなく、一人熱心な客がついたようなのだ。ネットでもここでも雛の作品をごっそり買っていく。それがどうやらこの女らしい。雛は丁寧に礼を述べたが、何だろう。何か素直に喜べない、黄色信号のような用心を覚えた。
「どれも素敵! こういうのをずっと探していたのよ」
でも雛が今補充したばかりの品も即購入を決めてくれた。上客だ。
彼女は更にキラリと目を光らせ、雛の服を見つめた。
「そのワンピースもあなたの手作り?」
「え、あ、はい」
彼女は紫の濃淡や、ふわっと浮き上がる裾、胸元のタックにもしげしげと目をやった。明らかに欲しがっている。でもこれは雛だけの雛のためのユカリ様観劇用の衣装。
「ごめんなさい、これは売り物じゃないんです」
「残念。じゃ、他に新作が出たらまた教えて!」とその女は名刺を置いていった。「日向撫子 絵本作家」とあった。
「日向撫子」を検索すると、スマッシュヒットした絵本がいくつかあった。どれもキラキラした前向きなお話と、優しいパステル調の絵柄。
ただ――それらの表紙を一通り眺めて、何となく引っかかった。どれも紫がベースで、どことなく気品を感じる。彼女自身が発する雰囲気と違う。むしろ雛がめざすアクセサリーの方向と、どこか似ていた。
ま、どうでもいいか、と、日向撫子のことなど忘れかけた頃。
ユカリ様の公演初日。雛は正面一番前の席にいそいそと出向いた。
その隣に――
雛と同じワンピース、アクセサリーで装った日向撫子がいたのだった。
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