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後輩の見知らぬ女の子からラブレターを貰ったが、それは俺にとってただの道具にしか過ぎず、それが安村さんの気を引く種にならなかった事が悔しくてそれを家に帰ってそのままゴミ箱に放り込んだ。
俺は元々他人には興味がない。
そういう冷血なところがあって、それでこの世の中の悲しい出来事から精神を守ってきた。
名前だって覚えてはいない。
それなのに、次の週にはあの例の後輩がやって来て、返事をくれと言う。
「やっぱあの手紙、俺に宛てた物だったの?」
「そうですよ」
背丈の小さい折れそうな体の女の子が、赤面したまま答えた。
「君とどこで会ったのかな?」
「昇降口です」
「えっ?昇降口で会って好きになったの?」
「はい」
「それだけ?」
「だって…」
つまり顔を見ただけで惚れたという訳か。
確かに俺も初めて安村さんを見た時には、そんな風に彼女に興味を持ったのだった。
「俺の顔が好き、とかそういう事?」
「はい」
変わった趣味してるなぁ。
兄の方ではなく、俺の顔が気に入るだなんて、レアケースだ。
勝沼が聞いたら、即付き合っとけと言いそうだ。
「俺がどんな男か知らないで一緒にいるとか、怖くないの?」
「怖いって?」
彼女はその怖さだとか、そういう事はわかっていないらしい。
たとえば俺が兄のような善良そうな見た目の下に、何でも喰い尽くす獰猛さを持っている男だとしたら、どうするのだろう。
もし襲われでもしたら、取り返しのつかない事になるのに、そんな事は考えてもいないらしい。
「あのさぁ、俺好きな女いるから」
「ですよね」
ですよね、とか切り返して来た。
彼女は真面目そうな丸メガネを押し上げて、その瞳を潤ませている。
俺は昇降口で待ち伏せされて、やはりその昇降口で答えを迫られていたから、ギャラリーの前で女の子を泣かせたくはなかった。
「ごめん、泣かないで」
そう言った途端に彼女の目からは涙が溢れ出して、面倒な事になった。
「だってさ、まだ君の事何も知らないのに一緒にいるとか無理だよ」
「ですよね」
またか。
「だからさ、とりあえず時間をかけて」
「そんな事言ってたら、先輩卒業しちゃうじゃないですか」
「あ、そうか」
「じゃあ、何がしたいの?付き合うとか何かして欲しい訳?」
「そんなの…別にないけど」
「ええっ、じゃあ俺どうしたらいいの?」
「ただ一緒にいたかっただけです。それはいけない事ですか?」
正論をぶつけて来る彼女にこっちが泣きたいくらいだった。
「先輩が卒業するまでの間、一緒にいたかっただけなんです」
「けど俺」
「ダメですか?」
「一緒にいると何があるかわからないよ」
「どうして?!」
面倒臭い女だ。
こうして兄は好意を抱いて来る女の子と片っ端から付き合って来たのかもしれない。
同情?
あるいは憐れみ?
痛い目にでもあわないと、この手の女は気が付かないらしい。
「好きな人って誰ですか?」
泣くのはやめて、彼女は質問攻めに入った。
「同じクラスの女」
「どんな人ですか?」
「小学生の時から一緒の学校で」
「綺麗な人なんですね?」
「そ、そうだな」
「きっと私より可愛いい人なんですよね?」
「比較するのはおかしい」
「どうして?」
「だって、君とは全く違うタイプの女だし」
「違うタイプって?」
俺はイライラして来た。
芸能記者の質問攻めにあっているみたいだ。
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