横槍

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俺は自分の学ランの袖口を見せた。 そのボタンを指さして見せる。 「このボタンが取れた時に、すぐに付けてくれた。そういう女」 「洋裁が得意という事ですね?」 「いや、得意とかそういう事じゃなく、そういう気遣いができる女って事だよ」 「そんなの、側にいなきゃできない事じゃないですか。私は先輩の側にいられないから、どんなに頑張ってもたちうちできない」 「まぁ、縁が無かったって事だね」 「酷い」 彼女はメガネを外して、その濡れた瞼をこすった。 「側にいられない私は先輩に好かれるチャンスもないなんて」 俺は面倒になって、靴箱から靴を取り出して履き始める。 「まぁ、そういう事だから。じゃあね」 こんな事で諦めてくれるのであれば、助かるのだが。 彼女はなかなか執念深い性格をしていた。 昇降口を出てしばらくすると、靴に履き替えた彼女が後ろから付いて来た。 女のストーカーも結構怖い。 生き霊に取り憑かれた気がする。 彼女を撒く為に、俺は全力疾走して逃げる事にした。 何だろう、何も罪は犯していないのになんだか悪い事をした気がする。 これまで兄はずっとただの女ったらしだと思ってきたのだが、もしかしたら相手を憐れむ気持ちがあるって、断りきれなかっただけかもしれない。 告白されてその相手を振るのにもエネルギーがいる。 良心の呵責に(さいな)まれて、嫌な気分になる。 この苦行に耐えられないのであれば、兄のように片っ端から付き合わなければならなくなる。 知らなかった。 モテるのって、案外辛いものなんだな。 次の日、学校に行くとまたあの後輩が昇降口で待っていた。 まるで今来たばかりという顔をして待っている。 俺はそういうしつこい女は嫌いだ。 だけど、自分も同じ事をしていた。 中学の修学旅行の時にしっかり振られているくせに、まだ未だに好きだと言って安村さんの気を引こうとしていた。 もしも自分と同じスタンスの人間がいるとすれば、それは彼女だった。 そう思うと、やはり同情して彼女を邪気にできなくなる。 それはつまり、兄と同じ道を辿る事になるのだ。 仕方がないから自分の方から声を掛けた。 「よお」 昨日は全力で走って逃げていたくせに、もう何かの覚悟ができていた。 「君島先輩、おはようございます」 彼女が何かを渡して来た。 「これ、私が焼いたクッキーです」 「ふん、胃袋掴む作戦か?」 「甘い物は好きですか?」 「まあ、モノによる」 俺はそのクッキーとやらを受け取って、上履きを履いた。 「でも、付き合わねぇからな」 そう言ったけれど、彼女はキリリと眉毛を吊り上げて睨みを効かせる。 「それでもいいです。これは推し活ですから」 「推し活?」 「はい。たとえ先輩に振り向いてもらえなくても、私はやっぱり先輩が好きなので」 「おいおいおい、それ怖過ぎるだろ」 「気にしないでください。勝手に追いかけてるだけですから」 「ストーカーとどう違うんだよ」 「たぶんストーカーは見返りを求める愛情です。でも推し活は見返りがなくても愛を注げます」 「立派な解釈だな。だったら、俺も自分の好きな女に推し活してるよ。小学生の頃から」 「それは凄い」 「可哀想だろ?」 「何で?尊いと思います」 「尊い、ねぇ…」
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