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ただ、側にいたいだけ
とうとう兄の教育実習は、今日で終わりになる。
それを知ったクラスの女子たちの間には通夜のような悲しみが垂れ込めて、それを感じる男共が腐っていた。
「皆んなが授業を盛り上げてくれていたから、なんとかこの教育実習を終える事ができて本当に嬉しいよ。皆んなありがとう!」
教室からパラパラと小さな拍手が起きた。
兄はとてつもない女たらしだけれど、その人心掌握術は教員に向いている一面がある。
人の心を掴むのに、詐欺的なリップサービスは欠かせない。
別に担当科目に突出した才能がなくてもいい。
究極は団体生活での立ち回りが上手いかどうかの方が大きい気がする。
その点、兄は誰よりも場数を踏んでいて強い。
団体スポーツをして来た経験値は高い。
口説き倒すのに特化して優れている。
教科書を読むだけで終わった授業から解放されて、幾人かの女子が泣き出した。
「先生!」
「ありがとう、ありがとう」
「赴任先の学校が決まったら教えてくださいね」
おい、まさか連絡取り合うつもりじゃないだろうな。
「先生〜」
何で卒業式の別れみたいになってるんだよ。
一番ショックだったのは、安村さんが肩を震わせて涙をこらえている事だった。
見ないようにしていたけれど、どうしても見てしまう。
そして俺のボールペンがまた真っ二つに割れた。
休み時間になると、泣いてはいなかったはずなのに安村さんの目が充血していた。
「なんで君島くんて、お兄さんと顔が似てないの?」
兄は大きな瞳をしていて、俺は吊り上がった細い目つきをしている。
当然、兄は女ウケが良く俺は野郎にすぐ睨まれた。
「母親が違うんだよ」
「そうなんだ」
「性格も全然違うけどな」
「ふうん」
心ここに在らず、という風な魂の抜け切った彼女が気のない返事をした。
彼女の恋はこれで終わる。
俺はこの時を待ち続けて来た。
「安村さんは女子大狙ってるんでしょ。もう推薦は取れたの」
「うん、ほぼ確定」
「だったら余裕だね」
「余裕とかじゃないけど」
「特に受験勉強いらないっしょ?」
「まあ、そうだね」
「だったらさ」
「何?」
「ハメ外さない?」
「どうするの?」
「海行こう、海」
「海か…」
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